15センチもあるハイヒールで走るなんて無謀でした。
足が痛い!絶対に豆ができている。
今すぐ脱ぎたいです。
ついでにウエディングドレスも。
どうもこの格好は人の目を惹きすぎます。
奇妙な目で見られるのはいい。
しかしいい加減おまわりさんが職務質問にこないかと心配です。
そして今夜の宿はどこでチェックインすればいいのでしょうか?


5・家


本気で危機です。
29年間生きていて、自分の家がないなんてことに直面するとは思わなかった。
このまま浮浪者さんと一緒に公園や駅で寝るなんて絶対にありえない。
トリップしてきた子達はどうしてた?
氷帝の跡部に頼むしかないのか!
…………どうやって?
それに氷帝ってどこにあるのよ!
立海も走って出てきたからうろ覚えだしね。
こうやって仕方なく歩くことを続けているけれど、もうハイヒールはいて歩くのは限界にきていた。
脱ぐしかないのかと、近くのマンションの壁に手をついて足を上げる。
脱ごうとしたが、ふとマンションを見上げた。
あれ?
…………あれあれ?
見たことある。いや、馴染み深いマンションと同じマンションに見える。
しかしマンションとはどれも一緒。どこかで同じマンションがあってもおかしくはないであろう。
だがどうも同じに見える。
ハイヒールを脱ぐのをやめ、壁沿いに歩き始めた。
そしてある一点で足を止める。
「この疵…………」
手でなぞるようにして、壁についた疵を調べる。
昔酔っ払って帰って来た時に、でっかいつけもの用の石みたいなのを投げつけた時にできた疵と一緒。
間違いなくうり二つ。
しかし一人で住んでいたマンションは、結婚が決まると同時に引き上げた。
結婚するのだから必要がないと。
だけどこのタイミングでこのマンションを見つけた意味を考えると、絶対に偶然じゃない気がする。
マンションの中庭に入ってみる。
勝手知ったるなんとやら。
その中庭にある木の茂みにある大きな石をひっくり返した。
「あったよ。何故かあるよ」
呆然と呟いた視線の先には、小さな箱が。
昔から私がスペアーキーの隠し場所に使っていた所で。
その箱には鍵が入れてあった。
開くと、間違いなく鍵があったのだが、引っ越す際に管理人に返却したはずだ。
ここにあるわけがない。
ないのだが、ここにあるということは。
確信があった。
だからどうどうとマンションの玄関に入りこんだ。
私の部屋があった3階の角部屋へ行くと、ちゃんと表札に『』と明記してある。
さすがトリップだ。
家も用意されていたようだ。
ってことは、私はここに住めってことだろう。
そしてトリップ人生はまだまだ続くってことだよね。確実に。
扉の先は、間違いなく私が住んでいたマンションの部屋だった。
家具も洋服もすべてそろっていて、すべて間違いなく私のものだった。
とりあえず当面必要であるだろう通帳を開いてみた。
「…………一桁多いんですが」
貯金はしていた。800万ほどあったと思う。
だけどこの通帳はどう数えても一桁多い。
「これがトリップ効果ってやつ?」
通帳を握り締めながら、呆然とする。
が、ウエディングドレスを脱ぐことを思い出したので、急いでドレスを脱いでハンガーにかけた。
ドレスは多少の汚れはあるが、目だった汚れはなくまだ純白を保っていた。
良かった。
少々のクリーニング代ぐらいならなんとかなるはずだ。弁償しなくてすむ。
着替えると、ふと自分の顔が気になった。
もし高校生の顔をしていたらどうしよう。
恐る恐る鏡をのぞくと、いつもの変わらない自分が写っていた。
ほっとすると同時に、ちょっとだけつまらないかもと思った。
ちょっとだけ。
本当にちょっとだけだって。
だが振り返った先に見たものに、私の体は凍りついた。

「…………?」

じーっと見つめてみるが、確かにある。
見たことあるものが掛かっている。
間違いなくそこにある。


立海の制服が。


「はぁ?」


瞬きを繰り返してもそれは消えるものではなかった。
冷静に考えてみよう。
何故あれがここにあるのかを。

私には実は妹がいた。
いないって!

同じ名前の同じ顔した高校生がいる。
見たくないなぁ。

神様が若くし忘れた。
…………これが一番ありえるか?

いやいや、すべて間違っている。
どう考えてもおかしいよ。
私の現在の顔は29歳。
そして高校3年という設定としても11歳も年が違う。
制服コスプレなんていやだ!
コミケに行くわけでもなくコスプレなんて、羞恥プレイもいいところだよ。


…………うん。
見なかったことにしよう。
それが一番だ。

落ち着こうと、まずは飲み物をと冷蔵庫からお茶を取り出しコップについで行儀は悪いが
立ったまま飲んだ。
が…………飲んでいる途中に冷蔵庫に貼り付けてある一枚の紙に釘付けになった。




――― 立海大付属高等学校2年  ―――





ぶーっ!!!!


ここでお茶を盛大に吐き出しても、誰も文句は言わないだろう。
言えないよね。
って、本当にどっきりじゃないよね?
疑いたくなるほど、お約束のお約束が転がっていた。

正式な転出届けが貼ってました。
明後日私は転校予定となっております。
12歳下かよ!!
12歳もさばよんだら、まずいだろう。
ばれるのでは?
17歳だよ?
ティーンだよ?
それもセブンティーン!!!
……………………。



頭痛くなってきた。
次から次へとありえないことばかりに、流石に疲れがでてくる。
あれが現実だとすると。
あいつらに出会う確立は限りなく100パーセントってこと?
青春学園もいやだけど、どうせならまだ面識のない学校に転入予定が良かったなぁ。
絶対に絶対に普通じゃない高校生活になる。
あの腹黒い部長が私を放置しておくはずがない。
見なかったことにしようかなぁと、転出通知をゴミ箱に捨てようとしたのだが、
ありえない寒気が突如襲ってきた。

…………………………………………。

そっと紙を元の場所に置き、早々にベットに潜り込んだ。
寝よう。寝るのが一番だ。
何も考えなくてすむしね。

そして無理やり眠りについた私が見た夢は、腹黒部長に追い掛け回される夢だった。
まるでこれから起こりうる現実を示しているかのように。
とりあえず彼らが私を忘れてくれますようにと祈るしかなかった。
アーメン。

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☆コメント
主人公が気になるのは、高校生になるってことや立海に行くことよりも。
12歳もさばをよまなければならないということが、最大の難問です(笑)

2008.7.20