たちの悪い営業マンに引っかかった気分です。
考える間もなく、判子を押させられた。
もちろん営業トークはよく聞くあれです。
今しかない!
今がお徳だ!
これを買わなきゃ絶対に損!
これを逃したら絶対に手に入らない!
そして悪魔のような笑みを一つ。
おかげさまで。
見事にテニス部マネージャーという有難くもない称号をいただいてしまいました。
それも、全校(一部違うけど)の憧れであるマネージャー。
幸村が怖い!
むちゃくちゃ怖い!
このままでは無料奉仕というありえない事態になりそうです。
30近いのに17歳に混じって部活動するなんて無理でしょう。
私、来年は30だよ?
三十路なんだよ?
その三十路前の女に部活動で汗を流せって?
…………それって拷問?
嫌がらせ?
足をもつらせ、こけるのが普通になる三十路目前なんですけど…………。
16.10代と20代後半
私のマネージャー決定話は瞬く間に全校に広がったようです。
だって、決定した途端、突然廊下の方からうじゃうじゃ人が集まりだしたんだよ。
それも私を見に来たようだ。
教室を覗き込むようにして口々に囁き合う。
いや、そのレベルは超えている。
囁き合うって言うんじゃなくて、口々に言い合っていると言っていい。
ぴーちくぱーちく、よく口が開くもんだ。
私はどこの珍獣だよ。
廊下に顔を向けるのがしゃくで、窓の外を見て顔を隠してやってはいるけどさ。
一向に廊下から人が消える気配がないんですけど!!!
上野動物園のパンダかよ!
今は旭山の方がメジャーか?
どうも年代がみんなと10以上違うから古臭い言葉しかでてこないんだよね。
ギャル語なんてよく分からない。
今時の子達の感覚と微妙にずれているけど、もうそれは仕方がないんだって。
「幸村…………呪ってやる。たたってやる。この場合はわら人形? それとも呪詛?」
どれがやつを仕留められるのだろうかと、本気で考えてしまいそうだよ。
ここでぶつぶつ言えるのは、幸村が席をはずしているからであって、近くにいたらきっと何言われるのか分からないから。
今、腹いっぱい文句言っても伝わらない。
でもね…………。
そろそろ私部活動というものに、参加しないとやばい時間になりそうなんだよね。
幸村が指定した時間帯はそろそろなんだよ。
部活はじめる20分前には集合って言われたんだよね。
ここで知らない人間にじろじろ見られるのと、幸村に絞められるのを考えたら。
考える間もなく答えは一つ!!!
知らない人間なんて、痛くも痒くもない。
仕方なく、荷物をカバンの中に突っ込み、立ち上がった。
教室のみんなの同情的な目が今は猛烈に腹が立つ!
しかし行かないわけにはいかない。
人ごみを分けつつ、ってか、こいつらも部活動に行かなくていいのか。
ようやく人ごみうごめく廊下を抜けたのだが…………部室どこだ?
勢いよく歩いていた廊下で、ぴたりと足を止める。
えっと…………。
入学1日目にして部室がどこかとか分かるはずがないじゃん。
誰かに場所を聞くしかないのかと考えているところに、複数の足音が背後から聞こえてきた。
ラッキーと振り返れば。
え?
ラッキーなのか?
という光景であった。
「転校早々、テニス部に入部なんてあつかましいと思わないの!」
…………何?
この超お決まりな展開は。
苛めとか、呼び出しとかまったく縁のない世界で暮らしていたから、こんなの本当にあるのかよって思ってたんだけど。
あったんだぁ…………。
どうも制服からさっするに、一年生らしい。
先輩にその口の聞き方は何なのかと言いたいけど、10人近く人がいるんだよなぁ。
これは刺激したらよくない?
面倒なことは嫌だしね。
「そう言われても、幸村に勝手に決められたことなんだけど」
小さくぽろっと言ったらばっちり聞こえていたようで彼女達の顔色が更に変わった。
「幸村様を呼び捨てにするなんて信じられない!!」
え? 幸村様って。
本気?
本気でそう思ってるわけ?
この子達のテニス部ってやっぱり王子様的な存在なんだろうな。
ぴーちくぱーちく言う彼女達の言葉を聞き流しながらも、これっていつまで続くわけ?
と、苦痛を感じ始めていた。
多分約束の時間はとうに過ぎているだろうな。
幸村からどんなことをされるかと思うと、寒気がするんですけどね。
ここをどうやって切り抜けようかしら?
適当に聞いていたことがなんとなく彼女達も分かったのか、益々形相を変えていく。
これで彼氏が欲しいとか言っても多分彼できないよ。
そんな素晴らしい形相だ。
やる気のない受身を感じ取ったのか、彼女達の怒りは更にアップする。
そしてとんでもないことを口にしてくれた。
「ねぇ。聞いてるの? おばさん!」
は?
今なんて言った?
おばさん?
「そうよ! 私たちの方が綺麗で、若いんだからこんなおばさんなんかがマネージャーなんて勤まるわけがないじゃない!!!」
…………。
それって私の年齢を知っているわけじゃないんだよね。
なんでそうピンポイントにそんな痛いところつくかな。
むしろわざとか?と問いただしたい。
顔色が変わったのが分かったのだろう。
彼女達はここぞとばかりに連発してくれた。
おばさんと。
…………16歳だよね。
そうだよ。
よく考えたらこのこたちと私一回りも年とってるってことだよ。
干支が一緒!?
衝撃の事実に倒れそうになった。
「おい、お前達そこで何してるんだ?」
衝撃にかろうじて立っていた私の背後から唐突に声がした。
それも聞いたことある声だ。
『キャッ』
と、彼女達は可愛らしい声で叫び声をあげた。
「えっと、先輩にテニス部の場所を教えていただけです!!」
見え透いた嘘をついて、彼女達はばらばらと逃げていった。
あ〜、鶴の一声ってこんな感じ?
そして私は地面に倒れこんだ。
「お、おい。? 大丈夫なのか?」
倒れた私にジャッカルが駆け寄る。
「じゃ、ジャッカル…………。私っておばさん…………かなぁ?」
「は? お前どっか頭打ったのか?」
怪訝そうな声でジャッカルは私の脇を両手でささえ、持ち上げた。
まるで幼女を抱き起こしている感じである。
私…………そろそろ三十路…………。
「痛いところあるか? もしかして殴られたとか?」
あたふたとするジャッカルはとても可愛いなと思った。
うん。気のせいだろうけど。
おばさんという言葉にきっと私はやられているのだ。
よく考えたらジャッカルとも10も違うんだよ。
そうなるとおばさんなんだろうね。
おばさん…………。
12歳も年下と付き合ったら犯罪だっての。
大体、私には結婚したら3食昼寝付の仕事しない生活を望んでいるのに、何が悲しくて無職の高校生だよ。
勘弁して〜。
「?」
ジャッカルの声が遠くで聞こえる。
おばさんという言葉に打ちのめされたのか、それとも慣れない高校生活1日目に疲れたのか。
意識をあっさり手放しました。
だってもう年なんだもん!
おばさんなんだもん!
…………あ〜、もう学校生活していくの無理じゃない?
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☆コメント
おばさんを連発したくて書きました。
しかし30歳目前の人が見たらすっごく失礼な話だよね。
すみません。
多分おばさんではないです。
年を重ねるとよく分かります。だって今の60も若いですもんね。
10代からみたらどうしてもおばさんになっちゃうのは仕方がないかなと。
思ったので連発してみました。
2009.3.24