声を聞かせて



別にそこに誰が居ても俺には関係のない話だ。
例え泣いていたとしても、それがどうしたというんだ?
自分に関係のない人がどこで何をしてようが、そんなものはどうでもいい。
声をかける気すらない。
そう。
そんな気なんてさらさらなかった。
だが。


「おい」
口から出てきた言葉に、純粋に自分で驚いた。
女である時点で、関わろうなんてこれっぽっちも思っていなかったからだ。
そんな面倒ごとはごめんだ。
だが通り過ぎようとした俺は、何故か女に声をかけていた。
無意識にだ。
そんなことはあるはずがない。
だが俺の口からは更に言葉が漏れた。

「お前…………」
女の顔を見た瞬間、浮かんだ言葉。


『景吾。私がいなくなったら悲しい?』


何かが頭の中に浮かんだ気がしたが、瞬時に消えた。
そして自分が言おうとした言葉は、口の中で消えてしまったまま次の言葉が見つからない。
自分の行動にイライラして、ふと女の持っていたものに目がいった。
何か指輪のようなものがきらきらと女の手のひらで輝いていた。
見覚えのあるものだった。
どうってことのない指輪はみんな同じように見えるが、それは違った。
水色の綺麗な石は光の反射の仕方がちょっと変わっていた。
光によって赤にも青にもなる。
そんな石はめったにない。
普通の高校生が持っている代物ではなかった。
そして自分はそれを知っている。
いや、購入していた。
だがそれはその女にやった覚えはない。
その指輪は別の女に渡っているものだ。
俺の最愛のやつへと。


「お前のその持っているもの」
違うと思いながらも確認したくて、手を伸ばしたら叩かれた。
女からそんな扱いなど受けたことのない俺は、驚いた。
驚いたどころじゃなく、そんな女がこの学校に居たのかと呆然としてしまった。
こいつはどこの誰だ?
女の目から涙が零れ落ちた。
まるで映画のワンシーンを見ているようだった。
零れ落ちた涙は、光に反射しながら土の上に落ちていく。
天気雨のようにキラキラ光ってそれを綺麗だと思ったのは何故なのか。
自分の心がよく分からなかった。
ただ女の涙が綺麗だと思うと同時に、胸が痛かった。
何故痛いのか分からないが、泣かせるのは嫌だと感じていた。
だがその痛みも、イライラへとすぐに変わっていく。
この感情が何なのかは分からない。
女の存在も不確かで更にイライラする。
この女は見たことがない。
俺は学園の生徒はある程度把握しているはずだ。
名前を覚えていなくても、生徒の顔は分かる。
だがこの女の存在は知らない。
はじめてみる顔だ。
本当にこの学園にいる女なのだろうか。
訝しげに女を見る。
「お前どこのクラスのやつだ?」
女の目がどこか悲しげに揺らめく。
何故そんな目をする?
頭の中が金づちで叩かれるかのように頭痛がした。
知らない女。
このわけの分からない感情を呼び起こす女。
こいつは何なのだ?

女は黙ったまま、俺に背を向けた。
だがその女の目は何かを必死に訴えているようにも感じ取れたが。
俺にはそこまで分からない。
引き止める言葉を発したが、例え女が止まったとしても、俺は何を言うのか。
何を言おうとしているのかも分からなかった。
自分で自分が分からないとはありえないことだ。
今まで経験などしたことがない。
いらだった気持ちで、足元に落ちていた石を蹴り飛ばしたが、気持ちが晴れるはずなどなかった。


女とのやりとりですっかり時間をくってしまっていた。
もう部活も終わっているところだろう。
舌打ちしながら、俺はその場所を離れた。
すっきりしない気持ちを抱えたまま。

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☆コメント
景吾編は続きます。
次も景吾視点でお送りします。
景吾はちっとも主人公が分かりません。
でも頭の隅は何かしら記憶が残っている…………ようなってところでしょうかね。
不二君もそろそろだしたいなぁと思いますが、景吾編が終わらないと彼の登場はないでしょう。
頭の中では青学とご対面とかも考えているのですよ。
うん、ギャグさえそこまでいってないのに、そんなふうにスムーズにこっちは進むかも(笑)

2008.8.28