声を聞かせて



「景吾!!」
部室に入ると同時に、ミナミが俺の胸の中に飛び込んできた。
「あ?」
人前では恥ずかしがって、俺に抱きつくなんてことは絶対にしないのにどういう風の吹き回しだ?
怪訝そうにミナミを見ると、今にも泣きそうな。
いや、 泣いている顔のミナミが俺をすがるように見つめていた。
「どうした?」
ただ事ではないだろうと、ミナミに問いかける。
そのまま、部室に目をやれば、レギュラー部員が全員で床に這いつくばっていた。
いや、慈朗は相変わらずソファーで一人寝ていた。
「てめえら、何やってるんだ?」
「ああ、跡部………。それはなぁ」
忍足のやつが言いにくそうに、言葉を濁す。
珍しいことだ。
だが、ミナミが泣いているのなら、ミナミに関わることだろう。
「ごめんね。景吾。みんなに一生懸命探してもらったけれど、ないの」
どうしようと小さな声でミナミは、真っ青な顔のまま俺の制服を握り締めている。
「何がないんだ?」
「景吾に貰った指輪が……ないの」
指輪という言葉にさっきの光景が目に浮かぶ。
あの女の持っていた指輪はミナミのものか?
「いつもなくしたら駄目だと思ってるからカバンに入れて、ロッカーに鍵かけてたんだけど。
 今日に限って、首からはずすの忘れてて、そのまま部活しちゃって気がついたら…………」
「一応、気になる場所はさがしたんですけど、どこにもなくて」
鳳が心配そうにミナミを見る。
「現場100回っていうから、ここもみんなでもう一回さがしてるんやけど、ないんや」
忍足もどこにあるのやらと、ソファーの下に腕を突っ込んでみたりしていた。
「盗まれたってことはないのか?」
女の顔がちらちら頭をかすめる。
「分からない。拾われたかもしれないから、盗まれたなんてそんなこと」
心優しいミナミは、盗まれた可能性を否定する。
女の名前と学年さえ確かめられれば、あの指輪をもう一度見て、問い詰めることもできるのに。
あの指輪さえ見れれば、それが本当にあの女のものか確かめられる。
あれには名前がほってあるのだから。
女の名前さえ分かれば。
イラつきながら、唇を噛むとふいに言葉が頭の中に浮かんだ。
それも唐突に。
だから何も考えずに、その言葉を口にした。



―――――――――――」



「え?」
呟きを耳にしたミナミは青い顔のまま俺を見つめる。
俺はただ口からでた言葉に呆然となった。


何だ?
何故突然名前がでてくる?


それがあの女の名前だと直感で分かった。
だが俺は確かにあの女の名前を知らなかった。
だから名前が突然浮かぶなどありえない。


そして俺の呟きは、全レギュラーの耳にも届いたようで、こちらを無言で見つめる。
俺が何を思ってその名前を呟いたのかを考えているのかもしれない。
だがその沈黙をやぶったのは、意外にも寝ていたはずの慈朗だ。


「違うよ」


さっきまで寝ていたはずの慈朗が真剣な顔をしてこっちを見ていた。
それは長く傍にいた俺でもあまり見たことのない顔だ。


ちゃんは指輪なんて盗まないよ。あれはちゃんの指輪だから。
 誰の物でもないよ」


強い瞳をこちらに向けて、慈朗はそれだけ言うとまたソファーに寝転がり眠り込んでしまった。
その姿を呆然と見ていたのは俺だけではないだろう。
俺が突然名前を出したことも自分自身で驚きだが、もちろん聞いたレギュラーも驚いただろう。
その名前に反応した慈朗の言葉も驚いた。
「何だ? 慈朗のやつ」
宍戸は訝しげに慈朗の寝ているソファーを見る。
「慈朗のやつ、まったくさんと接点ないのに何で突然ちゃんなんや?
理解不能や」
頭をぽりぽりかく忍足に、俺は聞いた。
「お前、その名前知ってるのか?」
「知ってるも何も、俺のお隣さんや。ってか跡部こそ知ってるからこそ名前だしたんやろ?」
「…………」
知らないのだが名前が勝手に飛び出たなんてこいつに通用するのだろうか。
珍しく俺が黙っていると、忍足はまぁええけどと呟いた後、続けた。
「慈朗じゃないけど、俺もさんが指輪なんてもん盗むような子じゃないって思うとる。
あの子はそないなことせえへん」
そう言った後、忍足は首を傾げた。
「ほとんど喋ったりせん子なんやけど。そんな気がするんや」
自分に言い聞かせるように言っているように聞こえたのは俺の気のせいだろうか。


―――――――――――。


俺はその名前を何度も繰り返し頭の中で反芻した。

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☆コメント
大変お待たせいたしてすみません。
意味深なところで終わってます。
滋郎ちゃんは果たして彼女を覚えているのでしょうか?
忍足は?
跡部は?
ってところでしょうかね。
この話、更新してない期間の間にかなり話が固まりました。
最後まで話が見えております。
最終回のビジョンは浮かんでませんが、こんな感じでこうなんだ!
ってぐあいに。
これからいろんなところに意味深発言を落とせそうです。
そのたびに読者の方に苦しんでいただこうかと(笑)
次回も間をおかずに更新したいですが、そんな不用意な発言は言えません。
できたらいいなぁ。ぐらいで。

2008.9.14