声を聞かせて
「不二君。ごめんね。傍にいてくれて」
どんな風に声をかけたらいいのか分からない不二君は、ずっと黙ったまま傍にいてくれた。
私が落ち着くまで。
「それは大丈夫だけど。これからどうするの?」
不二君にはトリップの事は言ってないし、知らない。
だけど私の存在が異質だということは分かっているようだ。
「家に帰ります。だから…………心配しないで。っていうのは勝手かな?」
「大丈夫なら信じる。だけど、連絡してくれる?」
不安そうな顔をしているのはどうしてだろうか?
私より彼の方が迷子になったような顔だ。
「連絡? 私が?」
「そう。携帯番号知ってる?」
確か前に教えてもらったような気がするけど。
ポケットにある硬い塊を取り出してみた。
思ったとおり携帯で、開いて不二君の名前を検索してみた。
「ある。番号残ってた。メルアドも確か英二君から教えてもらってた。これだよね?」
その番号を見せると、不二君は苦笑した。
「あってる。英二は気に入った人がいたら僕の分まで教えるんだよね」
「うん。これも登録するんだよって教えてくれたの」
いつもニコニコしてて、こっちまで温かくなる英二君の笑顔。
「じゃぁ、それに連絡して。絶対に」
「うん。連絡する」
「もしかしたら君が現れたことに、みんなの記憶が戻るかもしれないから」
不二君は私が説明しなくても、自分で考えているようだ。
私の存在自体を。
「…………うん」
「でももしみんなの記憶がなくても…………僕は覚えてるから。連絡してね」
不二君は優しい。
得体の知れない私にも優しい。
きっと聞きたいことがたくさんあるのだろうけど、何も聞かないでくれる。
「有難う」
何も言わないのは裏切りだろうか?
信頼を裏切っている?
だけど今はまだ話すのが不安だし、自分自身が今の状態を分かっていないから。
「あのね、不二君」
「何?」
「落ち着いたら聞いてくれる?」
でも彼には話しておくべきかもしれない。
私の記憶を唯一もつ彼には。
「無理しなくてもいいよ」
ぽんと頭をなでられて、そこがじんわり温かくなって胸が苦しくなった。
不二君と別れて、記憶を辿り自分が前に住んでいたマンションを訪れた。
そこにはまだ私の名前が残っていた。
ポストの裏に貼り付けてある合鍵を見つけて、マンションに入る。
ドキドキしながら扉を開いた。
何かが変わっているかもしれないと思ったけど、扉の向こうは何も変わっていなかった。
氷帝の制服がかかっていたし。
お気に入りのコップもあった。
景吾用のコップも並んでいる。
二人で笑っている写真も飾ってあった。
それからテニス部のみんなと並んで撮った写真も。
全部変わっていない。
すべて同じだ。
だから錯覚してしまったのだ。
すべて元に戻っていると。
携帯に登録してあるナンバーを開いた。
一呼吸ついた後、ボタンを押した。
何度も呼び出し音が鳴った後、
『…………もしもし?』
不振そうな、探るような声。
ドクッと心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走る。
景吾だ。
景吾の声。
『けい…………ご?』
そっと呼びかけてみる。
愛しい人の名前を。
するとしばらく沈黙があった後。
『…………誰だ? お前何故この番号を知っている?』
不愉快だともいうような声がした。
衝動的に電話を切った。
携帯を持ったまま、呆然と立ち尽くしていた。
彼は私の声が分からなかった。
何も覚えていなかった。
「嘘…………だよね?」
悪い夢を見続けているようだ。
トリップしてからずっと。
でも後悔はしたくなかった。
同じ時間に、同じ世界にあなたがいるから。
唯一あの時が本物だと教えてくれる指輪をぎゅっと握り締めて。
張り裂ける胸の痛みに耐える。
『はずすなよ。お前目を離すとすぐにいなくなるからな。俺のものだっていう印だ』
苦笑と共に言われた景吾の声が今は遠い。
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☆コメント
ん〜〜。
ギャグ書いて煮詰まると、こっちを書くので。
交互に書いてます。
そして微妙にこっちとあっち同じように進んでるんだよね(笑)
トリップしてマンション見つけて。
あっちこっち読み返して笑ってしまった。
同じこと書いてるよって。
とりあえずギャグよりも先にこちらの主人公ちゃんが氷帝へ行きます。
彼らに会わせるのかどうかは決まってない。
全部全部行き当たりばったり。
こんなこと初めてですよ。
ちょっとだけ(?)主人公が可哀相ですよね。
でも、私は基本的にハッピーエンドが大好きな人間ですから!
そこのところ覚えていただければ、なんとか読めるのではなかろうかと思います。
でも泣けるハッピーエンドにしたいです。
2008.7.28