声を聞かせて



学校に来るのはかなりの勇気がいった。
だって自分の状況がどうなっているかよく分からなかったから。
景吾の記憶はなくなっているのは昨日なんとか理解した。
でも他の人は?
親友と思っていた彼女は?
クラスメイトは?
考えても考えても、分からなくて眠れない夜を過ごした。
だけどせっかくここに戻ってきたのだからと、勇気をだして登校をした。



本当は彼らの朝練を見たかったけど、景吾が私を知らないという顔で見られるのが嫌だった。
きっと顔を見たら泣いてしまう。
だけどそこで泣くわけにはいかない。
何度目かのため息を吐いて、クラスに入った。
「おはよう。ちゃん」
顔見知りから挨拶される。
良かった。
クラスメイトには理解されているらしい。ここのクラスの人だと。
「おはよう」
ドキドキしながら席に座る。
机の中から見覚えのある教科書とかが出てきた。
クラスと席は変わっていない。
テニス部のレギュラーである忍足侑士と芥川滋郎は同じクラスだ。
しかも侑士とは隣同士の席。
いつもだったら、私はマネージャーしてたから一緒に朝練でて。
笑いながらクラスに入っていたけど。
今の状況は分からない。
私はマネージャーにはなっていないかもしれない。
それに侑士と仲がいいとはかぎらない。
景吾と付き合っていたし、マネージャーであるから侑士やジローちゃんとは仲が良かったけど。
今となっては状況が分からないからなんとも言えない。


「おはようさん」
聞き覚えのある声がして、ドキッとしながら顔をあげると、侑士が教室に入ってくるところだった。
周りのみんなに挨拶をして、自分の席に近づく。
侑士は私の顔を見るとにっこり笑った。
もしかしたら?という淡い期待は次の瞬間消えた。
「おはようさん。さん」
「……おはよう」
ぎこちなく、それでも何とか挨拶は返せたことにほっとした。
侑士は私をさんなんて呼ばない。
ちゃんとちゃんって呼んでくれていた。
やっぱり記憶がないんだ。
後から入ってきたジローちゃんは私の顔すらちっとも見なくて、机に突っ伏して寝てしまった。
やはり彼にも記憶がないらしい。
突きつけられた現実に、私は唇をかみ締めることしかできなかった。



授業の時間も、休み時間も上の空で過ごした。
これからどうしていいのか途方にくれていた。
どうやったらみんなの記憶が戻るのだろうか。
どうやったら私という存在が認識されるのであろうか。
怖くて他の人は、会いになんていけなかった。
行ってまた同じように知らない顔をされたらどうしたらいいのだろうか。
まだ何もかも受け入れる心の準備ができていない。



何もいい解決方法なんて思いつかないまま、放課後になった。
「侑士〜。部活行こうぜ!」
聞きなれた声に振り返れば、岳人が侑士を迎えに来ていた。
隣にいる私には目もくれない。
当然だろう。
「ああ、岳人。すぐ行く」
「早くしろよ。怖いマネージャーが怒るぜ」
笑いながら言う、岳人の声に私が反応した。
マネージャー?
テニス部のマネージャーは、私ともう一人親友である有坂志保がしていた。
彼女も私のことを忘れているだろう。
陰からそっと顔をみるだけでもいいから会いたい。
この世界で親友になった友達だ。会いたくないわけがない。
こっそり会いに行こうと、彼らが出て行ってしばらくしてテニス部に向かった。



かつて、自分が居た世界。
テニス部のメンバーに囲まれて、大変だったけど楽しく、充実していた。
まさか自分が大好きなテニスの王子様の漫画の世界に入り込み。
且つ、彼らとかかわりを持つなんて思ってもみなかったから、同じ空間を持てることに。
幸せを感じていた。


『侑士〜。ほら、水分取らないと倒れちゃうよ』
『おおきに。ちゃん』

『ほらほらジローちゃん起きて! 景吾から怒られるよ!』
『う〜〜ん。後1時間〜』

『今日は帰りにアイス食べに行こうよ』
『いいな。それ!』
『賛成!』



全部覚えてる。
大事な大事な思い出だ。
テニス場に近づくほどに思い出が強くなっていく。
景吾と、みんなとの大事な思い出。


「みんな!休憩〜!!」
どこからか可愛らしい声がしてドキッとする。
視線の先には、女の子がテニス場を囲んでいる。
そのフェンスの向こう側に、ジャージ姿の女の子が二人。
一人は親友であった志保。
そしてもう一人。


「侑士、ほら水分取らないと倒れちゃうよ」
「おおきに。ミナミちゃん」


そこには私がいた。
いや、私がいたポジションに当然のようにかわりになるように女の子がいた。
血の気がひくのがわかる。
全身に震えがきた。


「日吉君。はいドリンク」
「有難うございます。岸上先輩」

「ねぇ、志保。これが終わったら洗濯に行ってくるね」
「うん。よろしく。私はドリンクボトル洗っておくから」


急にこみ上げてきた吐き気に、私はしゃがみこむ。
寒くもないのに震えが止まらない。
遠く離れているはずなのに、彼らと彼女の声がクリアーに耳に届く。

「今日は景吾遅いね。生徒会の仕事が長引いてるのかな?」

もう何も見なくても、聞かなくても理解してしまった。


ここにきて突きつけられてしまった。










私の居場所はもうどこにもないのだと―――――――――――










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☆コメント
話の流れ上、彼女の視点のみは難しいので。
跡部視点の話も入れます。
こんなことなら三人称の方が良かったかな?
どんどん暗くなっていってます。
正直、楽しくなりました(苦笑)

2008.8.5