声を聞かせて




夢を見ていた。
そう、これは夢だ。
夢だとはっきり分かる。
俺の横には、ミナミではない誰か別の女がいるのだから、それは夢だと理解した。
「景吾。好きだよ」
そう言った女の頬から涙がぽろぽろと流れ落ちていく。
「俺はお前しか好きにならない」
俺の口が勝手に俺の言葉を紡いでいく。

あれは誰だ?

「景吾と同じだったら良かったのに。ずっと一緒にいたいよ………」
「泣くなよ。お前が泣いたら、どうしていいのか分からなくなる。お前の涙には弱いんだよ」
抱きしめた体は小さくて、いまにも居なくなってしまいそうな儚い存在だ。
「待ってるから、絶対にお前は戻ってくるだろ?」
「戻りたい!………戻れるのかな、私自信ないよ。だってここにこれたこと事態が奇跡だから」
女の体は小刻みに震える。
「ちゃんとお前の場所を守っておく。ここに戻って来い」
妙にやさしい口調で俺はその女に向かって慰めるように言い、額にキスをした。
「大好き。だからずっとこの想いだけは忘れないでね」
女が口を開いた。
俺はそんな悲しい言葉ばかりを聴きたくなくて、女の口を自分の口で塞いだ。
たまらなく好きだと、俺の心が叫んでいた。

だけど、俺はこの女は知らない。
女の声も、顔も分からない。
夢なのに、ひどく苦しい。

「   !!!!!」

声にならない叫びは誰の名前を叫んだのか。
俺には分からない。
女の涙もぬぐえたのか、俺には知りようがない。
夢だと思うのに、その夢がなぜかリアルに感じ、落ち着かない。
あの女は誰なのか。
あの情景はどこでのものなのか。
現実か夢なのか。


女の体をぎゅっと抱きしめたけれど、すぐに目の前で消えてしまった。
手のひらから零れ落ちる砂のように、まるで掴んだと思ってもするりと消えてしまった。




はっと目をさめると、そこには泣いた顔のミナミと、病室の端で腕組をした忍足がいた。
「景吾。景吾」
ミナミは真っ青な顔で、俺の名前を何度も呼ぶ。
「お前ら……………」
「意識戻ったって聞いてな。ミナミには言わなあかんやろうと思って、今朝連れてきた」
忍足の顔が心なしか固い。
妙にイライラしているように見えるのは、まだ俺が寝起きだからだろうか。
「心配したんだよ。私景吾が事故にあったことぜんぜん知らなかったから」
安心させるように、頭をやさしくなでる。
「悪かったな。特に問題はないようだから、すぐに退院できると思う」
さんを助けたんでしょう。…………景吾は優しいから。心配だよ」
ミナミの言葉に、昨日病室へやってきたの顔が脳裏に浮かぶ。
「景吾?」
「あ、ああ。あいつはどんな具合か分かるか?」
忍足に聞けば、やはり不機嫌そうな声がかえってきた。
「今日退院するようや。さっき病室覗いたら、検査しに行っとったわ。空や」
「そうか」
「ねぇ。景吾」
きゅっとパジャマの袖をミナミが引っ張る。
「どうした?」
優しく問うと、ミナミは唇を噛んで言い難そうな顔をしたが再度促すように頭をなでると、口を開いた。
「指輪。なくした指輪の変わりに、別の貰っちゃだめ? おねだりするみたいでごめんね。
 でも、不安なの。ずっと探してるけど、見つからないし、あれが高価な物だって分かってる。
 だけど………。我侭言ってごめんなさい」
ぽろっと涙をこぼして言うミナミは可愛らしく、安心させるように頷いた。
「また別のを選ぼう。今度は一緒に行くか? 指輪選びに」
「本当に!?」
ぱっと花を咲かせたような笑顔を見せ、ミナミは俺に抱きついた。
「有難う。景吾」

ミナミと会話をするうちに、あの夢の出来事もだんだん忘れていった。
あの夢の女は誰なのか。
考えないほうが楽だと思ったからだ。
それに夢は夢だ。
現実と関係あるとは限らない。

俺は自分に言い訳をすると、夢の中の出来事を考えるのをやめた。

ただ昨日のの後ろ姿だけは、妙に忘れられなくて後味が悪かった。


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☆コメント
次回はヒロインです。
千石がでます。


2010.3.7