声を聞かせて
『泣かないで。俺が傍にいるから。ねぇ、泣かないで』
何度も何度も夢で見る。
泣いている女の子に何度も何度もそう言うのに。
彼女はどうやっても泣き止まない。
胸が痛くなる。
泣き顔は見えないけれど、泣いていると思うだけで、胸がキューッと締め付けられるように痛い。
『泣かないで。 ちゃん』
そしていつも俺はその名前を呼ぶのだけれど、分からない。
夢の中でははっきり言っているようだけれど。
起きると名前をまったく覚えていない。
なんとも気持ち的にすっきりしない夢だ。
そう、夢なんだから特に気にしなければいいのに。
何度も見るから気になってしまう。
また見るのかな。
そんなことを思っても、やっぱり眠気には勝てない。
ねぇ。
君は誰なの?
なんで泣いてるの?
「おい、ジロー。遅刻するなとあれほど言ってただろう!」
今日の跡部はとても機嫌が悪いらしい。
寝ていた俺を迎えに来た樺地がとても急いでいたから、何かあったのかなぁと思ったんだけど。
ちらっと宍戸の方を見ると、これまた何か変な空気だ。
変なの。
他のメンバーを見るけど変わりないようだけど、跡部の雰囲気になんだか居心地悪そうにしている。
「なんかあった?」
考えずに口にしたら、跡部の眉がぴくりと上に動いた。
やっぱり何かあったみたいだ。
「なんでもない。さっさと練習に入れ」
「はーい」
この頃、跡部は変だ。
微妙な変化だけど、どこか変。
多分ミナミちゃんの指輪がなくなった辺りぐらいから。
あの時俺が何か言ったらしいけど、正直まったく覚えてない。
何を言ったのか覚えがないって忍足に正直に答えたら、なんとも変な顔をして『さよか』って言ったきり。
他の人も何も言わないけど、変なのだけは分かる。
あの後、鳳が妙な動きをしていたけど。
誰も何か秘密を守るように口を割らない。
どこかギクシャクしたような空気が漂って居心地が悪い。
俺の知らない間に何があったんだろうか。
大好きなテニスと大好きな仲間。
でも最近は全部、噛み合わせが悪いかのようにギクシャクしている。
お昼寝したいなぁ〜
青い空を見上げてため息を一つ。
20分後、こっそり部活から抜け出した。
お昼寝場所は大体いつも一緒。
でも時々違う場所に寝たりもする。
今回は気分を変えて違う場所に寝てみたんだけど。
『ねぇ。 ちゃん。俺きっとさよならしても夢でこんにちわって言ってるんだよ』
『? ジローちゃん?』
ああ、その鈴の音のような涼やかな声が好きだなぁと思う。
流れるように耳に入ってきて、馴染むんだ。
『夢で絶対に会えるよ。だから俺は忘れないし、会えないなんて思ってないよ』
『本当に?』
『うん。約束』
右手の小指を差し出したら、彼女の指がそっと俺の指に絡められる。
『こんなの跡部に見られたら怒られるかな?』
小さく笑った彼女は、『大丈夫』とささやくようにそう言った。
『ねぇ、多分夢の中で跡部よりも会ってるよ。俺達』
『だから笑ってよ。 ちゃん』
ねぇ、君は誰?
ねぇ、お願いだからこっち向いてよ。
俺は誰の夢を見ているの?
君のことが知りたいよ。
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☆コメント
はい。ジローでした。
千石にいくと見せかけて、思わぬところにジローちゃん。
別に考えてだしたわけでもないんですけどね(苦笑)
本当は主人公と絡ませようなぁとか思ったけれどわざとらしいので。
ジローちゃんのみで進行させました。
ジローちゃんは記憶持ってません。
持っているような口調で前に喋ってましたが。
無意識ですので、思い出したわけではありません。
記憶の底が一瞬でただけですよ。
寝起きだったのが要因でしょうか。
他の人にも多々主人公の記憶をばらまきたいと計画中です。
2008.12.10