声を聞かせて



「ねえ、ねえ、これとこれどっちがいい?」
清純君が、私に向かって聞いてくる。
「う〜ん、そっちのヨーグルトアイスがいいかな」
「じゃぁ、俺マンゴーアイスにする」
にこにこしながら店員さんに注文する清純君を見つめた。
なんだかこんなの久しぶりでわくわくしていたし、ちょっとくすぐったくて楽しい。


清純君が氷帝の校門に立っていて、私を待っていたことにはとても驚いた。
テニス部の練習は?って聞いたら、休みとか答えていたけど、本当かな?
中学の頃から結構部活サボってたって聞いてたし、高校の時もしょっちゅう部活サボって遊びに来ていたから。
昨日の今日だから、きっと気を使ってくれたのかもしれない。
でも清純君も氷帝のテニス部のみんなと同じくらい有名な人だから、ちょっと注目されて恥ずかしかった。


「はい、ちゃん。ヨーグルトアイス。俺のおごりね」
受け取りながら、でも悪いと答えると。
「再会お祝いってことでね」
そんな笑顔を返されると、どうやってもそれ以上続けられず、お礼を言ってアイスに口をつけた。
甘酸っぱいおいしさが口に広がり、笑みもでる。
二人で無言でそのまま公園の近くのベンチでアイスを食べていた。
心地の良い沈黙だ。
安心できる人と一緒にいる証拠。




「有難う。清純君」
アイスのお礼じゃなくて、その前の夜のこと。
「お礼言われることなんて全然してないけど。むしろちゃんに会えてこうしてデートできるって言うのがラッキーだけどね」
記憶がある清純君。
清純君の笑顔と言葉に救われた。
あのままだと、きっとどうにもならなくてそのまま逃げ出していただろう。
全部に。


「さっき、ちゃんにデート誘う前に跡部君に会ったんだ」
ドキッとして思わず清純君の顔を見る。
清純君はまじめな顔をして、私を見ていた。
いつもの彼らしくないあの夜の時のような顔。
「あのさ、跡部君…………」
どうやって私に言っていいのか分からないようで、躊躇うように言葉をとぎらせた。
「景吾。私のこと知らないって言ってたでしょう?」
清純君の言葉を引き継ぐ。
胸は痛かったけど、それが現実だ。
「ごめん」
謝罪の言葉が清純君の口からこぼれた。
小さく首を横に振り、笑ってみたけど。
多分失敗だったと思う。
だって、清純君の顔が歪んで見えるのは、きっと涙のせいだ。
「あれ?」
慌ててハンカチを取り出して、ぬぐってみる。
意味もなく泣いてしまうのは、しょっちゅうだ。
この世界にきて、涙腺は壊れたみたいに涙をこぼすし。
情緒不安定になっている。
「そんなにこすると目が赤くなるよ」
清純君が私のハンカチを取り上げて、優しく涙をぬぐってくれる。
だけど涙は止まらない。
「ごめんね。嫌なこと言わせて」
声を出そうとすると、嗚咽が溢れそうで否定するために首を左右に振った。
清純君は悪くない。
それにいずれは知らなければならないこと。
だって清純君はこれから何度も体験するだろう。
私を知らないと答える人と会い、戸惑うなんてことが。

清純君も不二君も私の記憶を持っている人たちは優しい。
だけどそれがどうしても申し訳なくなる。
優しい人たちだから、悩ませたくない。
心痛めてほしくない。

何故どうしてこの世界に戻ってきてしまったのだろう。
自分が望んでいたことだったけれど、それはやはり望んではいけないものだった。
優しい人を困らせ。
大好きだった人を遠くから見ることしかできないでいる。
こんなにこんなに好きなのに。

大好き。
今まで簡単に言えた言葉が、今は言えないでいる。

思い出して!
エゴの塊の言葉が溢れ出そうだ。

私がいままで横取りしていた場所を取り戻したくて。
私が異分子だったのに。

どうしてこうやって優しい人が傍にいるんだろう。
すべて世界に拒否されれば、きっと早く諦めもついたのに。
ほんの少しの希望に縋り付いて、諦めきれない自分がいる。


『愛している』


最愛の人の言葉を何度も何度も繰り返し思い出した。

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☆コメント
微妙な終わり方だったような?
次は物語りは少々動き始めます。

2008.12.16