声を聞かせて
「長太郎! お前、もう一度に振られてこい!」
朝練部活前の俺の爆弾発言に、部室には不気味な空気が漂った。
もうちょっと場所を考えた方が良かったかなぁと思ったが後の祭り。
今更後には引けない。
元々辛抱強いなんて言葉と縁のない俺だ。
言いたいことを我慢して、長太郎が一人になるまで待つなんてできない性分だ。
昨日の今日かもしれないが。
いや、待っている暇はない。
知ってしまった俺には、今すぐこの状況を何とかしないといけないとしか考えられない。
こうなれば何が何でも、誰か一人でも多く思い出してもらおう。
本当は跡部が一番思い出してもらうのが本当だが、いい案が浮かばないのでとりあえず長太郎をターゲットにしてみた。
荒っぽいが、長太郎には振られてもらうのが一番だと思った。
前回も多分今回も、長太郎はに恋をしているのは間違いないと思う。
一番最初、跡部と恋人同士になる前に、長太郎はに告白して振られている。
何かきっかけがあれば長太郎も思い出すのではないかと思ったのだ。
ジローももう一歩な感じだが、かなりナーバスになっているからまだ時期ではないと思っている。
長太郎は俺を見つめたまま、固まってしまっていた。
「向日先輩?」
ようやく吐き出すように言った言葉は、震えていた。
俺がそんなことを言うなんて信じられないだろうし、まさか俺が知っているなんて思ってもなかったのだろう。
実は前回も偶然に長太郎の告白シーンに遭遇してしまっただけのこと。
長太郎はそんなこと知らないけど。
「お前にうらみはないけど、さっさと振られて思い出して来い!」
今更撤退することはできないし、なしにするつもりもない。
思い出したら、俺は進むしかないんだ。
空回りしすぎるほどの息巻く俺にストップをかけたのは、俺の相方だった。
かなり凶悪な顔をした侑士だ。
「岳人、そこまでや」
怒っている。
これはかなり怒っている。
問答無用とばかりに、俺は侑士に引き摺られるように部室から出され、人気のない場所に連れて来られた。
「なんだよ。放せよ!侑士」
怒っている。
かなり怒っている。
珍しく侑士が、本気で怒っている。
まぁ、こういうことが起こり得るってことは分かっていたけど。
侑士とは一度ちゃんと話し合いをしなければならないと思っていたから。
早かれ遅かれこんな状況になっていただろう。
今まで侑士が黙って、俺に何も言わなかったことがおかしかったぐらいだ。
侑士は分からないながらも、断片的な何かを見たり知ったりしている。
それが何かを理解できないまま。
「何で邪魔するんだよ。侑士」
「・・・・・・・人としてデリケートな部分をそうやって突っつくことがいいと、誰が教えたんや?」
これは怒っているレベルじゃないような気がする。
かなり・・・・・・。
でもここは絶対に避けれない。
「侑士には関係ないだろ」
「関係ないやて?じゃあ、岳人に鳳のことを言う権利があるって言うんか?」
「多分ない・・・。でも、侑士が怒っているのも、鳳が困惑してるのも分かってる。理解しているうえで、俺は言ってる」
普通ならば、絶対に俺はそんなことはしない。
侑士の怒りももっともだし。
鳳の気持ちだって普通に考えれば考慮しなければならないのも分かっている。
だけど。
俺の中の大事な人のランクをあえてつけるとしたら。
今のランキングトップは断然だ。
がまた笑うならば、俺はめちゃくちゃだと思うことでも、こいつらに思い出してもらうためならば戦おう。
そう、昨日決めた。
あいつの涙を見て、俺は絶対にの味方になろうと決心したから。
誰かが多少傷ついても、怒っても、俺はあいつの味方をするって決めたから絶対に譲らない。
「お前言ってること、本気で理解してるんか?」
「ああ、ちゃんと理解してそれでも言ってる」
自分がどんなに理不尽なことを言っているのかも分かっていると説明すれば。
「なのに、なんで・・・・」
侑士はしばらく言葉を失っていた。
俺がそんなことをするのが信じられないだろうし。
何の目的があってそれをするのか理解できないのだろう。
しかしすぐに侑士は、俺がやろうとしている意味は分からなくても、誰のためにしているのかを理解したらしい。
「のためか? それがどうなるのか分からんけど、それはのためになるんやろ?」
俺が返事をしなくても、侑士はそうであると理解したようで、声を荒げた。
「お前、ほんま、何考えとんや!! 跡部はミナミちゃんがいるやろ!」
俺は知っていた。
知っていたけど、知らないふりをしていた。
だってそれは知ってほしくないと侑士が思っていたからだろうから。
だから、知っていても知らないふりをしてただ黙って笑っていた。
みんなの思っている俺のキャラで、鈍感で何も分かっていない俺を演じていた。
だけど俺は知ってたんだ。
「知ってる。侑士がわざわざ言わなくても、ミナミと跡部が付き合ってるくらい知ってるさ」
大きく息をすった。
今まで誰にも言ったこともないし、口にも出したことがない。
だけど、俺はそれをあえて言おう。
ごめんな。
侑士。
「侑士がミナミに惚れてるって事も知ってる。だから俺がしてることも許せないし、跡部のことをかき回しているようなも許せないんだろう?」
今度こそ、侑士は黙り込んだ。
まさか俺が知っているとは思わなかったんだろう。
「侑士があの時、跡部よりも異常に怒っていたから気がついた。あの時、仲間が傷つけられたじゃなくて、本気な女を傷つけられたって顔してたよな」
俺は横で見ていたから。
侑士をずっと見ていたから気がついた。
もちろん俺だって怒っていたから、最初は気づかなかったけど。
ミナミが見つかった時、跡部よりも侑士の方がよっぽど、ミナミを抱きしめたいという顔をしていたから。
飛び出しそうになった体を、ぎゅっと押さえ込んだのを、俺は気づいたから。
相方が苦しい恋をしている事に気がついたけど、どうしてもやれないから黙っていることに決めた。
だけど、それを撤回してもいいぐらい大事な人が戻ってきたから。
ごめん。
「お前・・・・・何をしたいんや? 何考えてるんや?」
侑士は搾り出すような声をだして俺に問う。
「気づいてる? 跡部とミナミ。いや、跡部の態度。あれはもう妹のような感じでミナミと付き合ってる感じがするのをさ」
俺は跡部が本気での事を好きだったことを思い出したから。
あれは恋愛の顔じゃない。
兄妹みたいな雰囲気だ。
それかミナミの一方的な片思いな雰囲気だ。
だから本当の恋をしたことのあるが戻ってきた事によって、跡部がおかしくなったのは当然だ。
感情が乱れて、妹じゃなくて本気な女の感情が表に飛び出してくるのをなんとか押さえているのだろう。
跡部が記憶が戻ってないのならば。
好きな女がミナミのはずなのに、どうしてこうもの事が気になるのか、自分の感情がコントロールできなくなっているだろう。
最近怒りっぽくなったり、ミナミと一緒に帰るのが減ったのがその証拠だ。
それに跡部が頭で感じなくても、体は覚えていた。
あの時、自分の体に何があってもかばったのがいい証拠だ。
究極な場面に、跡部の体は無意識に動いて、一瞬脳は思い出したのだろう。
跡部が叫んだ声は、紛れもなく惚れた女に対してのものだったと今なら分かるから。
だけどそれでも思い出せなかったのならば、まずは他の方を思い出させるのが簡単かもしれない。
いや、簡単じゃないだろうけどまずはきっかけをつくらなければ始まらない。
に聞いたら、青学の不二と山吹の千石は記憶があるらしい。
そこにももちろん連絡をいれて協力をあおぎたいと思っている。
さて・・・・まずは俺の仕事は、侑士の説得と鳳の記憶戻し。
ちらっと侑士を見ると、俺の言葉に何か感じるものがあったのか、再び黙って考え込んでいるようだった。
「侑士、が悪いわけじゃないのは分かるだろ。人間誰だって気持ちがいつまでもそのままだって侑士は知ってるよな」
すごく卑怯な事を言っているのも自覚している。
侑士の気持ちを逆手にとってとんでもないことを突きつけているのも自覚している。
侑士だって最初からミナミを好きだったわけじゃないっていうのは分かっているから。
でも、俺は今はなんだかミナミの存在が怖い。
ミナミがいい奴だって知っているけれど、という存在を知った今はミナミは未知なる生物だ。
「俺は跡部や侑士や鳳やミナミ・・・・みんな好きだ。だけど、だけどな」
今の俺の行動は理解されないだろう。
言いたい事だって、きっと意味不明だろう。
何を言ってもきっと侑士には分からない。
だけど、それでも俺は俺の正しい道を突き進むつもりだ。
「侑士を傷つけたいわけじゃない。侑士が見ないふりや聞かないふりをしている事を詰るつもりはない」
分からないなりに、俺とミナミの会話を漏れ聞いている侑士には何か思う事はあると思う。
それでも言わないし、行動をしない侑士。
まだ何かを思っているし、信じているのだろう。
普段の侑士ならきっとありえないと思う。
それはミナミに対しての恋心からなのだろうかと俺は思う。
「侑士にはきっと理解できないだろうけど、俺はの傍にいる。味方になる。そう決めた」
まっすぐ侑士を見つめて宣言をした。
侑士は今まで見た事のないほどの困惑した顔で俺を見つめた。
「みんなの事を嫌いになったわけでもないし、傷つけたいとか思ってるわけでもない。理解しろとは言わない」
俺は俺の思いを抱えて突き進む。
それはきっと容易な事ではないだろうけれど、約束したから。
大事な子と。
「悪いな。侑士」
侑士の肩をぽんと叩いて、俺はその場を後にした。
☆2012.4.3
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