声を聞かせて




「あれ?宍戸だけ?」
今日の朝、爆弾発言をして連行された岳人が、けろっとした顔で部室を見回した。
「ああ、日吉と樺地は先にコートにでてる。長太郎は・・・・・帰った」
真っ青な顔をして、気分がすぐれないので帰りますと言っていた後輩の顔が目に浮かぶ。
朝の事件も関連してあるのだろうが、俺は余計な事は言えずにただ間抜けな返事を返しただけだった。
「侑士と跡部は見てないな、ジローは相変わらずどこかで寝てるだろうし」
「そっか・・・・」
どことなく苦い笑みを浮かべ、岳人はロッカーの扉を開いて、荷物を詰め込み制服を脱ぎだした。
その後ろ姿を見つめながら、俺は口を開いた。
「なぁ、岳人。お前のやってること、正直、俺にはよく分からないんだけどさ。長太郎かなり凹んでたぞ」
部活着を着込んだ岳人が、振り返って引きつった笑いを返してきた。
一応、罪の意識はあったようだ。
あれだけ人がいたなかでの爆弾発言を投下した当本人も、さすがにまずかったと思っているらしい。
まぁ、すぐに侑士が激怒した顔で引きずって連れ出したから、こってり絞られたのは容易に想像できる。
「何で、なんだ?」
岳人が仲間たちと仲違い覚悟でやっているのは、のためだろう。
それは想像つくが、その背景が分からない。
いったいなんのために、岳人がそう動くのか、突拍子のないことを言い出すのか、理解できない。
「理由? それはね、宍戸にとってのミナミと一緒だよ」
ミナミと?
首を傾げる俺に、岳人は更に説明を続けた。
「宍戸は、自分の友人とか親友とか、とにかく認めたものに対して、絶対的な信頼と、庇護をするだろ?」
自分では良く分からなくても、旗から見ればそう見えるのだろうか。
に向かって、ミナミのこと、牽制してただろ?」
今日の朝練の時も思ったけど、岳人がと呼び捨てにしている。
岳人は自分の認めた人しか呼び捨てをしない。
ましてや、女で呼び捨てなんてミナミともう一人のマネだけ。
よっぽどじゃなければ、名前呼びなんてしない。
しかもこの短期間に、ここまで岳人の態度の変化。
そして部活仲間の友情さえ壊しかねない行動をして、更に一人の女をかばい続ける。
およそ岳人らしくない行動と言動だ。


「前から思ってたんだ。宍戸ってカッコいいなってさ」
面と向かって、笑顔全開で笑いながら言う岳人に面食らった。
元々ストレートに自分の感情を吐き出す奴だったけど、ここまで相手について言ったことはないはずだ。
記憶にない。
直に言われて、俺は不覚にも恥ずかしくなった。
「宍戸は、自分の大事なもの分かってるだろう。どれを守らなければならないか、どれを優先順位にすればいいかってさ」
そこまで意識していたわけではない。
ただ、信頼しているから行動しているだけのこと。
「俺さ、宍戸みたいにかっこよくなりたいんだよね。本当に守りたいものを守るって堂々と言える男になりたいって」
左の手のひらに右の拳をぶつけ、一人頷く岳人。
「俺はを守る。そして助けたい」
それは宣誓布告であり、俺に対しての警告でもあった。
「昔からあいつに誓ってたんだ。何かあったら一番に助ける。守ってやれなくても傍にいてやるって」
岳人にその言葉を引き出すなんて、は一体どうやったんだって、心底度肝を抜かれた。
短期間にこの変わり様。
そしてどことなくかわった岳人の顔。
守るべきものができたせいか、どことなく頼もしい感じがする。
しかし・・・・昔?
朝もそうだった。
岳人の言葉の端端に、どこか引っかかりを覚える。
まるで俺たちの知らない何かを言っているようで。
そして俺たちも知っているのが当然だというような顔で言葉を並べていく。
それがまるでパズルのピースみたいに、バラバラにあちらこちらに置かれるけれど。
俺はそれがなんだか分からず、ただ眺めるしかないような状態だ。
でもわかっていることは、ただひとつ。

そこの中心には絶対にの存在がある。

「岳人、お前何を知ってるんだ?」
俺たちの知らない何かを岳人は知っている。
岳人はなんだか苦笑いをして、首を横に振った。
「知ってるじゃなくて、思い出したんだよ。そして宍戸は思い出してない」
謎解きだ。
言葉が全部謎。
まるで俺たちに言葉遊びを仕掛けるように、岳人は理解できない言葉並べる。


『宍戸君・・・・・・』

何かが、胸によぎる。
でもそれは一瞬だけで、すぐに泡のようにはじける。
後は何も残らない。

そこには何もない。
ただの・・・・・・・・・・・・・・・・。


「宍戸。俺はさ、もうあいつの涙見たくないんだ。
できれば笑ってほしいから、俺は俺の信じる道を行く。それだけだ」

まっすぐ前を向いてきっぱり言う岳人は、今までの岳人ではなく。
急に成長して大人びてしまったようなそんな不思議な気持ちになった。
それが不快に感じる事はないけれど、ただその前に横たわる何か分からない問題に胸が締め付けられるような不快感を感じた。


俺がその理由を知るのはまだ先のこと。



2013.1.1

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