声を聞かせて
跡部が学校に登校しだした。
目立ったほどの傷にはならず、普通な顔をして授業にも部活にもでる跡部。
もちろん事故当初は噂が凄い勢いで回った。
が跡部に振られたことで、改装工事用の組み木を蹴り倒したとか。
跡部にかばってほしくて、わざと倒したなど。
悪質な噂ばかりだ。
しかものみを狙った。
元々イレギュラーにテニス部のマネージャーを一時的でもやったことに関する、やっかみや苛立ちをこれ幸いとばかりに吹聴したのだろう。
ようするに腹いせで、悪意のある噂ばかりが流れたようだ。
後は面白がっての噂。
よくない噂ほど回りやすいから。
その考えを増長させるように、跡部は登校してもが登校してこなかった。
傷は跡部ほどないはずなのに、登校できないとは、噂通りなのではないかと。
噂の真相を確かめようと、数々のクラスメイトや新聞部などが接近してきたが、俺は口を割らなかった。
割れなかったのだ。
テニス部メンバーは今は誰もが口にしない。
どう理解していいのか分からないからだ。
聞きたいことはいっぱいある。
跡部にだって聞いてみたい。
だけど、跡部が事故の瞬間を覚えてないと言う。
を庇った事は覚えがあるが、その後は一切覚えてないと。
聞いてよいのか分からなくて、俺たちは困惑した。
だが誰も跡部に聞くものはいなかった。
ジローは相変わらず、元気がない。
本当は俺は考えたくないのだ。
考えれば考えるだけ、馬鹿なことだと自分自身を笑いたくなるから。
ジローの言葉が胸につく。
『俺たち誰かを忘れてない?』
それがだと思ってしまうから。
だけど俺たちは忘れた人なんていないはずだ。
部活のマネージャーは元々有坂とミナミ二人だったし。
跡部の恋人はミナミだ。
なのに何故こうも不安になるのだろう。
何かが間違っているんじゃないだろうかって思ってしまうんだろうか。
そんなことはないはずなのに。
ミナミも最近笑顔が少なくなっている感じがする。
前はこんなことなかったのに。
一生懸命テニスだけをやって、仲間と馬鹿やって笑い合って、そんな生活の繰り返し。
それだけで満足だったし、毎日が楽しかった。
だけど、今は楽しいとは思えない。
ただ一人の女の子が、気になってしょうがない。
本当は拒絶されるかもしれないと思っていた。
きっとは、迷惑だろうと思ってたから。
だけどちゃんと、インターホンにも応えてくれて、オートロックを解除してくれた。
心からの笑顔ではなかったけれど、それでも笑って迎え入れてくれた。
「お茶しかなくてごめんね」
「あ、ああ。俺が勝手に押しかけてきたんだからさ。そんなことしなくてもいいんだぞ」
「うん。でもせっかくだから」
弱弱しい笑顔で対応してくれるに、なんだかすごく胸が痛く感じる。
顔色は悪いし、なんだか痩せたようにも見える。
「よく家が分かったね」
「ああ。担任から聞いたから。……事故があってもう2週間目だろ? 心配…だったから」
驚いたような顔をして、そして一瞬だけ本当の笑顔を見せた。
「有難う」
「あー、跡部も登校してるしさ、も……」
言ってしまって、しまったと思ったけどもう遅かった。
青ざめたままのは、言葉を発さずに、黙り込んでしまった。
やっぱりと跡部は何か関係があるのだろうか。
ミナミ一筋の跡部だから信じられないけど。
いや、跡部はやっぱりそんな奴じゃない。
だけど否定もできない自分もいるのは確かだ。
何か俺たちには理解できない糸が、二人の間に絡まっているように感じる。
「あのね。向日君」
沈黙をやぶったにほっとしつつも、なんだか嫌な予感がして、無意識に俺は姿勢を正した。
言いよどむ姿に、やはりあまりいいことではないなと感じた。
は唇を何度も噛んで、視線をあっちこっちと彷徨わせていたが、意を決したように口を開いた。
「転校しようと思ってるの」
その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
なんだよ・・・・それ。
転校?
が俺たちの周りからいなくなる?
驚きと戸惑いと、そして何か分からない感情がぐるぐる回りだす。
「私が居ない方が、テニス部にとってもみんなにとってもいいと思うから」
が続けて何かを言っているが、俺はそれを聞いてはいなかった。
どこからか感情が流れ出してきて、俺はそれを受け止めるので、精一杯だったのだから。
どこから流れてきた感情なのか、俺は分からない。
「もう決めたことなのか?」
声がかすかに震えているのが自分でも分かる。
は小さく頷く。
もう決めてしまったというまっすぐな瞳を俺に向ける。
その顔を見て、俺は何故だか猛烈に腹が立った。
感情を押さえ込むことができなかった。
どこかにこの感情をぶつけなければ治まりそうになかった。
「俺は!!」
声を出した途端、何かが頭の中で流れる。
映像や声や温もりが。
それは壊れたレコードのように、飛んだり擦れたりして、何なのか分からない状態。
だが確かに何かが勢いよく流れ出す。
『岳人。ごめんね』
『ちゃんと決めたの。だから、ごめんね』
「何でだよ!!」
『大好きだよ。だから、後はお願いね?』
「どうしてだよ!!」
『忘れないから。私は・・・・忘れない』
『有難う。一緒に泣いてくれて』
「そうじゃない!!!」
「向日君?」
怪訝そうな声で呼ばれる。
違う!
違う!
そんな名前じゃない!
名前の呼び方が違う!
頭が割れるように痛い。
何かの警告音が頭の中で大音響に響く。
訳の分からない何かが頭の中で、猛スピードに流れていく。
俺の頭が崩壊していくような気分だ。
だが、俺の感情は頭の割れる痛みよりも、怒りの方が強かった。
目の前が真っ赤になっている。
「何でだよ!!!」
頭の割れる痛みよりも、何故どうしてという感情が勝った。
黙ってが去っていこうとするのが許せなかった。
きっと俺がこうして来なければ、きっと誰にも言わずに去って行っただろう。
想像じゃなくて、きっとだと断言できる。
とはそういう人なんだ。
人の痛みを馬鹿みたいに自分で感じて、人のことを最優先に動いていく。
自分のことなんて考えずに。
「何でだよ!!」
理由のない涙が俺の中から溢れ出す。
「向日君・・・・」
当惑したの顔を見ながら、俺は更に続ける。
「何でそうなんだよ!!」
「何でお前は、はいつも勝手に決めるんだよ!!!!」
小さな爆発音が響いた。
まるで風船が割れたような。
そんな爆発音。
そして俺の中に、止まることなく、逆流してくる感情。
その量はあまりにも膨大すぎて、俺はただ口を馬鹿みたいに開けていた。
「……………岳人?」
小さな小さな声だった。
恐る恐る言ったような。
だけど確かに俺には聞こえた。
きっとずっと俺たちに向かって言っていたのだろう。
ここに帰ってきたのだと。
それに気がつくことなく、俺は何度も彼女の心を踏みにじっていたのだろう。
だけど、やっと……………。
涙のせいで格好悪い出迎えじゃないかよ。
もっともっとちゃんと言いたかったのにさ。
涙を流しながらも、俺はなんとか笑顔を向けた。
「おかえり。」
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☆コメント
ようやくです。
ようやくここまできました。
一番最初に記憶が戻るのは岳人と決めてましたので、一段落ついた気分ですね〜
2010.6.27