声を聞かせて




大好きな女の子が突然消えた。
自分たちの世界から、跡形もなく消えていった。
昨日までしゃべっていたのに、そんな人などいなかったように突然いなくなった。
クラスの彼女の机もまるで最初からなかったように。
彼女の存在していたという証になるものは、一切なくなっていた。
そんな馬鹿なことがありえるのだろうかと、必死になって彼女の存在を見つけようとしたけれど。
何一つ残っていなかった。
そして俺らの記憶すらも、いつしか奪われてしまっていた。
今の今まで気がつかずに。


自分の涙を乱暴に拭き取って、の顔をよく見る。
目の前でぽろぽろ涙する女の子は、俺の良く知っている子だった。
今の今まで思い出しもしなかった。

俺らがずっと大事にしてきた女の子。
ずっと待っていると約束した子。
あれだけ毎日笑い合って、大事な時を過ごしてきたのに。
俺たちはすっかりその子を忘れていた。
大事に大事に思っていたのに。


「ごめんな。。俺ら、忘れずに待ってるって約束したのに」
涙で声がでないは、首を左右に振ってなんとか返事を返そうとする。
すると小さな涙がいくつも飛び散る。
「ほら、泣くなって。お前が泣くの苦手だって知ってるだろ。
俺の言葉に何とか笑顔を見せようとしただったが、それは失敗に終わった。
今までのが経験していたことを想像するだけでも、それは仕方のないことだと思う。
大事な恋人や友達、親友にも忘れられて、何度言いたかっただろう。
思い出してと心で叫んでいたのだろうか。
それを考えるとたまらなく、心が痛い。
こうやって全てを思い出した今なら、ジローの言っていたことが分かる。
俺らが忘れていたのはだったってことが。
ジローが倒れたのはあの頭痛だったことが。
あの頭の痛みは、尋常ではない。
痛みより怒りが勝った俺が思い出したのは、奇跡に近いのだろうか。
あの温かくて、キラキラしていた思い出をみんなに思い出してもらいたいと思うのは、叶わぬ夢だろうか。




しばらくが落ち着くまで、黙っていた俺だけど、気になって仕方なかったことを言った。

「なぁ、。転校やめるよな?」

俺らのことを思いやっての決断だったと今なら分かる。
俺だけでも思い出した今、こうなると話は変わってくると思う。
俺はの事を思い出したのだから。
だけど、は首を横に振った。

「何でだよ!?」

「岳人が思い出してくれたのは、嬉しい。でも…………他の人が思い出すとは限らないでしょう。それに。
 私の居場所はもうないから」



「だって!!お前の場所は、」



俺は言葉を失った。
何を言う?
お前の場所はあそこだろ!?って言えるのか。
俺しか思い出していないとの思い出。
突拍子もない話だ。
全員が記憶喪失になっているなんて。
そして跡部の横にはミナミが居る。
の場所はない。

ミナミ……………?
ミナミはいつ跡部の恋人になった?
がいなくなってしばらくは、テニス部のマネも一人で。
もちろん跡部に恋人なんていなかった。
跡部は、ちゃんとを待っていた。はずだ。
だったら?
だったらミナミはいつ現れた?
記憶が欠如している。
それは記憶を無理やり捻じ曲げていた反動なのか。
それともただ単に忘れているだけなのか。


ミナミはいつ俺らの前に現れた?


ひとつ思い出して、ひとつ分からなくなった。


今まで一緒に居た岸上ミナミが突然知らない人に思えた瞬間だ。


「転校するべきだと思うの。あの事故はよくない噂まわってるでしょう。これ以上テニス部を掻き混ぜたくないの」
さきほどまで泣いていたので目は真っ赤で、鼻も赤い
声も震えていたけれど、きちんと自分の考えを述べた。
どれほどがテニス部のみんなを大事にしていたのか分かっている。
だから身を引くことを考えたのだろう。
だけど俺は頭で理解していても、心は納得しなかった。
「俺は嫌だ。お前が戻ってきてくれてやっと思い出したのに。このままじゃ、一人が悪者になっちゃうじゃんか!」
「それでも私が元に戻るよりも、いなくなった方がきっと周りが落ち着くのは間違いないと思う」
「でも、俺は嫌だ。もう嫌だ。俺はお前と離れたくない」
ずっとずっと仲間だと思っていた女の子。
大事に大事にずっと一緒に関わっていたいとはじめて思えた子。
待っていた。
俺らは待っていたのだ。
が帰ってくるのを。
だから思い出した今なら、俺は黙ってが出て行くのを見るつもりはない。
問題が山のようにあると分かっていても。
それでも俺は送り出してはいけない。
黙って送り出すなんて二度としたくない。
もし誰かの記憶が戻ったら、きっと俺の背中を叩いて、『よくやった』って言ってくれるはずだ。
俺はそれを確信している。
を行かせるなんて、記憶が戻った俺らはしてはいけないってことを。
は俺たちの仲間だ。
大事にするって決めた。
だから俺は絶対に転校なんて反対する。
例えそれがの確固たる決意だったとしても。
俺は絶対に譲れない。
が泣いても止める。
じゃないと、きっとはもっと泣く。
俺らに隠れて、声を押し殺して、泣くんだ。
俺はそんなことを二度とさせたくない。


「困らせないでよ。岳人………」


「俺はお前と一緒にまた楽しく過ごしたい。だからお願いだから、転校するなんて言うなよ。
俺たちは仲間だろう?」


再びの目から涙が零れ落ちた。
わずかだが、確かにが頷いたのが分かった。

ほっとするのと同時に、俺は今まで何気なく過ごしてきた日々に不審の念が擡げてきた。
俺らの記憶がいつ入れ替わったのか。
の記憶がどうしてなくなったのか。
ミナミはいったいいつから俺らの仲間になったのか。
知りたくてたまらないけれど、とてつもなく恐ろしいパンドラの箱をあけるような気がして、震えが走る。
だけど知ってしまった今、俺は前に進まなければならない。
たとえ、記憶の戻らない奴らに何を言われようとも。
俺は固い決意をこの時したのだった。

2009.9.29

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☆コメント
岳人が頑張ってます。
まだまだ布石をしたのを回収してません。
記憶者も出しておりませんし、ミナミが体験した出来事も書いてません。
鳳も放置してますしね・・・・