声を聞かせて




「岳人」
呆然と立っていた俺に、背後から聞き覚えのある声が俺を呼んだ。
慌てて見つめていた指輪を、ポケットに握った手ごと隠す。
「岳人?」
侑士が怪訝そうに俺の名前を呼んだ。
俺は何かを聞かれる前に侑士に聞いた。
「跡部の様子はどうだったんだ?」
「あ、ああ。命に別状はないらしい。も打ち所は悪くなかったみたいで、一応一日入院や」
「そっか」
かろうじて返事をかえすが、どこか上の空だということは、侑士には分かっているらしい。
「岳人。その手に隠し持っているものは何や?」
握っている手に力が入る。
まだ混乱していた。
何もかもが分からず、謎だらけだ。

あの指輪はのものだというのなら、何故それに跡部の名前が彫ってあるのだ?
指輪は文字を消すことのできない、特殊加工のものだ。
ミナミの名前が彫っていたとしたら、絶対にの名前は彫れないはずだ。
それなら、あの指輪は元々のものだと分かる。
だったらその意味は?



が跡部と同じ指輪を購入したとしたら?
……それは不可能に近いほどのものだろう。


消えたミナミの指輪。
あるはずのないの指輪。



「岳人?」
侑士がもう一度俺の名前を呼ぶ。

見せたくなかった。
見せたら何かがすべて変わっていくような気がする。
根底からくつがえされるようなことがおきる気がする。
そんなのは望んでなんかいないし。
怖い。
そう、俺はどうしようもない怖さと戦っていた。
こんなのはどの試合でも感じたことのない感覚だ。


「なんでもない! 俺、先に帰る」


ぎゅっと指輪を握り締めたまま、俺は制止する侑士を振り切って、ミナミの家に向かった。

この指輪を捨ててしまえば、全部なかったことにして普通に生活できるし。
知らない顔して、笑っていればそれでいいんじゃないのか?


心が波風を立てない方向に向こうとするのに、それなのにどうしても気になってしまうのか。
体はその指輪の真相を求めるかのように、ミナミの家に足が向かう。
これを見せてもきっとミナミも分からないだろう。
混乱させるかもしれない。
だけどミナミだって知る権利はあるのだろう。
何がどうやってこの指輪の名前がの名前になっているのか。






俺は何も知らなかった。
覚えてなかった。
それが幸せだったのか不幸だったのか。
この小さな指輪が全てを変えてしまうなんて思ってもみなかった。

いや、本当は知っていたのかもしれない。
この小さな指輪が何か重大なものを教えてくれると分かっていたのかもしれない。
だから俺はこれをミナミのところへと持って行くのだ。
消えた指輪と現れた指輪。
ミナミと

握り締めた指輪は小さくて冷たくて。
俺たちの世界を変えてしまう力を持っているなんて思ってもみなかった。


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☆コメント
次回はあまりピックアップされなかったミナミちゃん。
ちょっとだけですけど。
彼女の一人称もいつかありますよ。
今回長々お待たせしてすみませんでした。


2007.7.18