声を聞かせて




風邪をひいたミナミは、今日は部活も学校も休んでいた。
今日のことを現場で見ていれば、きっと大混乱して倒れたかもしれない。
そんな様子が考えなくても浮かぶから、誰一人としてミナミに連絡をしていなかった。
跡部がをかばって怪我をしたことを。


「どうしたの? 岳人?」
案の定、驚いたミナミが俺を玄関先で出迎えてくれた。
風邪は良くなったようで、顔色も悪くなかったし、声も普通通りだ。
「お見舞い?ってわけじゃなさそうだし、どうかしたの?」
普段とは違う雰囲気を感じ取っているのだろう、どこか不思議そうな顔をする。
「熱は?」
「うん。もう大丈夫。明日には学校にも出れそうだし、部活もでるよ」
「そうか…………」
そこで言葉が途切れる。
「岳人? 本当にどうかしたの?」
黙り込んでしまった俺に焦れたミナミが俺の様子を探るように、手を伸ばした。
そのとたん、なぜか俺はミナミの手を拒んでいた。
「あ…ごめん」
ほとんど無意識だ。
何故か分からない。
俺はミナミが友達として部活の仲間として大好きなのに。
「やっぱり変だよ。岳人。その握ってる拳に何かあるの?」
かばうようにしていた拳を不審そうにミナミが見た。
びくっとしながらも、それでも何とかミナミにその拳を突き出した。
「岳人?」
震える拳をなんとか開こうとした。
かなり時間がかかったが、それでもなんとかミナミに指輪を見せることができた。
「これ……………」
見た瞬間、ミナミは青ざめて黙ってしまった。
自分の指輪と思っているのだろう。
となると、盗ったのは俺だと思っているのだろうか。
ミナミの誤解を解こうと口を開こうとしたのだが、先にミナミが言葉を発した。
「何で、岳人がこの指輪を持ってるの?」
「これは拾ったんだ!」
自分が盗ったわけではないと言い訳しようとしたのだが、ミナミが更に続ける。
「何で……………この指輪なの? 何でこの指輪が見つかるの?」
ミナミは顔を真っ青にしたまま、指輪を凝視した。
まるで心底憎んでいるかというような目で指輪を見る。
さすがにこの時点で俺はミナミの様子に違和感を覚えた。
ミナミは一目見ただけで、この指輪はじぶんのものではないと分かったのかと。

「何で岳人が、そんなもの持ってるの!」

ミナミの声が急に大きくなった。
奪われそうな気配に、俺はまた指輪を拳に隠した。
「貸して! 岳人」
すごい力で、ミナミが俺の手から指輪を奪おうとした。
「ミナミ!」
「何でそんな指輪が存在するの? 私の指輪がなくなったの?」
俺の言葉をまるで聴いていないかのように、ミナミはただ俺の手の中にある指輪を何とか奪おうとしていた。
ミナミ相手に力を入れられるわけがなく、そのうちこの指輪を奪われてしまうかもしれないと考えたところで。
背後の扉が唐突に開いた。
そして俺の体が後ろにぐいっと引っ張られ、誰とも知れぬ胸の中にすっぽりと掴まった。


振り向こうとした俺より先に、ミナミが呆然としたように名を呼んだ。
「何で……ここに? 侑士」
「悪いな。ミナミ。ちょっと岳人を連れて行きたいところがあるんや。だから堪忍な」
ここで俺らのもみ合いなどなかったかのように、侑士は笑顔でミナミに言った。
「でも!」
「明日。朝一番にミナミを迎えに来る。それでええか?」
有無を言わせない力強い何かがあった。
ミナミはそれ以上言えなかった様で、仕方なく頷いた。
「じゃぁな。ミナミ」
侑士は強引に俺をミナミの家から引きずるようにして出て行った。
正直助かったと思うと同時に、何でここに侑士がという疑問でいっぱいだった。



しばらく無言で歩かされると、ようやく侑士が喋りだした。
「さっき、携帯に監督から電話がかかって、が病院から抜け出したらしい。岳人、お前心当たりあるやろ」
断言されるように言われて、俺は慌てた。
「そんなの知るわけないじゃんか」
「その手に握ってるの。のだろ」
どこまで侑士が知っているのか知らないが、拳に握られた中のものがのものであると指摘された。
「どこから侑士気がついてた?」
「何年お前と相方してるって思ってんのや。岳人の嘘のつき方や、不審な行動見てればすぐに分かる」
「ミナミとの話も聞いてた?」
「断片的にはな」
濁すように言った侑士。
俺も侑士と長い付き合いだから嘘をついた時などの態度だって分かる。
侑士は指輪の秘密を理解しているのかもしれない。
あの指輪に書かれている名前が誰なのか。
「指輪。探してるんじゃないのか?」
侑士の言葉に、拳の中にある指輪を月の光にかざすように光に当てた。
「侑士」
「なんや」
「この指輪。こんなに小さいのに、なんか俺、とてつもない秘密がこの指輪から暴かれそうで、怖いんだ。
なぁ、何でこれここに存在するんだろう。書かれないはずの名前が何で書いてあるんだ?」
この指輪を捨てたら何もなかったふりができるだろうか。
でも、多分この指輪を必死に探してるの姿が容易に想像できた。
侑士が心当たりあるだろうと言ってきたのはそういうことだろう。
きっとはこの指輪を必死になって、今頃探しているはずだ。
その姿を想像するだけで、胸が痛い。
頭痛がしてきた。
この頃よく頭痛がする。
健康だけがとりえだったのに、意味不明な頭痛が襲ってくる。
原因は追究したことがないけれど。
最近気がついた。
のことを考えていたらいつも突然頭痛に襲われる。
痛みは大小それぞれだ。
ただ深く考え出すと、痛みが大きくなっているような気がした。
いったい彼女は何者なんだ。
俺らの何を知ってる?
それとも俺らが……………。
頭痛がひどくなってきた。
この痛みは何なのだろうか。
頭痛と共に痛むこの胸の痛みは何か意味があるものだろうか。
ただただ不安に俺はのもとに向かうために足を動かすのだった。

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☆コメント
岳人編は続きます。
次回で多分岳人編は終わります。
物語自体が終盤へ向かっておりますが。
それは作者自体もいつ終われるか分かりませんが。
次回はできるだけ早めに。
月一ペースになって本当に申し訳ない。