声を聞かせて




「跡部君」
そうあいつに言われると、何故か違うだろと怒りたくなるのはどうしてなのか。
よそよそしくされると、イライラしてしまうのはどうしてなのか。
正直、俺は自分の心をもてあまし気味だった。
それはいつからなのか。
考えなくても明白だ。
あの女と会った時から、わけの分からない感情に振り回されている。
意味もなく。
そして俺らしくもないことだった。



だが、俺だけではなく、あいつがきてからレギュラーの雰囲気もどこか落ち着かない。
特に宍戸だ。
鳳だって、宍戸に噛み付くほど何か歯車がおかしくなっている。
本当は臨時マネだって承諾するべきではなかったのだろうかと思う。
今まで一度だって決めてきたことに、迷いをしょうじらせるなんてことはあまりないことだったのに。
今回は決断してから何度も何度も自問自答している。
間違っているのではないかと。
あの女に深入りするべきではなかったのだろうかと。
だが、すでに決断してしまったことを今更ひっくり返すわけにもいかなかった。
それにマネージャーの仕事をよくやっていると思う。
特に問題もおこさずに、ただ淡々とこなしていく仕事は感心するほど完璧だ。
ミナミともうまくやっているかのように見える。
何も問題ないはずだ。
普通に今まで通りに過ごせばいいのだが。
俺は自分の心を持て余している。




「景吾。お待たせ」
ミナミが息を切らせて走ってくる。
「ああ。…………お前、部室明かりついてるぞ」
マネ用の部室の明かりを見て、指をさした。
「うん、まださんが残ってるの。もう少しでパソコン入力終わるから帰ってもいいって」
「…………」
何故あの女はこうも仕事を真面目にこなすのだろうか。
俺達に何の義理もないはずだ。
むしろ、恐怖にも似た感情を持っていたはずだ。
いまだに俺にはまともに目を合わさずに喋ってくる。
できるだけ簡潔に言葉を交わそうと、考えるようだ。
特別に話すことがない限り、あいつからも傍に寄っては来ない。
多分息苦しいはずだ。
あいつにとってこのテニス部は。
それでも休まずに、遅刻もせずにここにくる女の心情は分からない。


考え事をしていると、ミナミから制服の端を引っ張られた。
「何だ?」
「気になる?」
「何がだ?」
聞きたいことは分かっていたが、あえてとぼけてみた。
「景吾は…………私にもさんのようになってほしいって思ってる?」
「は?」
下からすがるように聞いてくるミナミの質問に正直面食らった。
「だって、さん何でもてきぱき仕事をこなしてるし。テニス部ずいぶん助かってるでしょう?
 私は相変わらず役に立ってないから…………」
不安そうな顔で呟くミナミの頭をなでる。
「お前はよくやってくれている」
「でも、景吾はさんのこと気にしてるでしょう?」
的確に指摘されてドキッとした。
表面上では何もないふりができたが、心臓はいつもより速く鼓動をたてている。
「俺があいつを好きになるとでも?」
万に一つはありえないことだと聞いてみたが、意外にミナミが黙り込んだ。
「ミナミ?」
制服を更にぎゅっと握り締められる。
まるで迷子になった子供のように。
「景吾。お願いだからよそを向かないでね」
小さくなっていくミナミの声に、俺は黙って頭をなでた。


「景吾大好き」
「ああ」
俺もだと返しながらも、何故かあの女の顔が脳裏にちらついた。




『景吾、大好きだよ。愛してる。
 私の世界はここだけだから。ずっと傍に居てね。
 寂しくなったり、悲しくなったりしたら絶対に抱きしめていてね。景吾』


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☆コメント
短くてすみません。
久々の景吾編ですが。
なにやら消化不良な気がします。


2009.2.5