声を聞かせて
小さな小屋から明かりが消えて、お目当ての人がようやくでてきた。
さりげなく姿を現したつもりだけれど、大きな目が更に大きく開かれ、驚いたような顔になった。
やっぱり不自然だったかな。
こうやって待っているのって。
「鳳君? 何でここに?」
「待ってたんです。先輩を」
すでに辺りは真っ暗だ。
女性一人で歩くのは危険だ。
だけど待っていた理由はそれだけではなくて。
ただ…………どうしても先輩と話をしたかった。
心配だというのはただのエゴなのだろうか。
「一緒に帰ろうと思って待ってました。迷惑でしたか?」
そう言えば、きっと困ったようにしながらも断らないと思って、ずるい言葉を選んだ。
案の定、先輩は困った顔をしながらも、俺にお礼を言った。
歩きながら先輩は困った顔を隠さずに俺に言った。
「鳳君。私に会わない方がいいって、私言ったよね。覚えてない?」
「覚えてますよ。でも、先輩はもうマネージャーしてるじゃないですか。そんなのは無理です」
氷帝のテニス部のマネージャーを、正直引き受けるなんて思わなかった。
あれだけテニス部メンバーに、特に部長におびえていた先輩が、マネージャーとしてここに現れるなんて思ってもみないことだ。
「だけど、一人で私に会うのと、みんなのマネージャーとして会うのでは全然違うわよ」
「それは屁理屈ですよ」
「じゃぁ、私を待っているなんてことして…………宍戸君に何か言われたよね?」
まるで見てきたように的確についてくる。
「宍戸君。怒って帰ったんでしょ?」
否定はできなかった。
実際とても怒っていたのだから。
「長太郎。帰るぞ」
宍戸先輩がロッカー前で着替えていた俺に、いつものように声をかけた。
「すみません。宍戸さん。今日は無理なんです」
「何か用があるのか?」
怪訝そうな顔に、俺は困った顔をしたのだと思う。
いつもはそのまま気づかない宍戸先輩が、何か気がついたような顔をしたのだ。
「長太郎。お前、あいつのところに行くのか?」
不機嫌そうに俺に問う宍戸先輩の声に、残っていた何人かが反応した。
「…………」
返事をしないのが肯定だろうと判断した宍戸先輩は怖い顔をする。
宍戸先輩は、やっぱり先輩が好きではないらしい。
あれだけ部員のために働いている姿を見ていても、考えを変えない。
レギュラーのメンバーは何人かは、一生懸命働く先輩に好感を持っているような感じなのだが。
いつものようにマネージャーになったとたん、俺達に気のある態度を見せないし。
仕事だって真面目にやっている。
何より、もう何年も前からここのマネージャーをやっていたような働きぶりだ。
それにミナミ先輩とも仲良くやっているように見える。
宍戸先輩が心配するようなことはないはずなのに。
それなのに宍戸先輩は先輩が嫌いなようだ。
俺はそれがなんだかとても寂しいと思った。
仲良くして欲しいと思うのは俺の勝手な願いだけれど。
できれば宍戸先輩にも先輩を好きになって欲しいと思う。
「宍戸先輩は、俺が先輩に好感を持つのは嫌ですか?」
意地悪な聞き方を我ながらしていると思う。
「俺は…………」
宍戸先輩は何か言おうとするのだが、言葉にならずに舌打ちする。
そのまま俺をにらみつけると、無言のまま帰ってしまった。
「鳳。宍戸に反論するなんて最近やけに反抗的じゃん。どうしたんだ? お前」
向日先輩が軽い口調で聞いてきた。
「そういうわけではないんですけど。何だかまったく分からなくて」
「何が?」
「先輩を嫌っている理由です」
「あ〜。でも、あれは嫌っているっていうか」
向日先輩が考えるように額を押さえる。
「気になってしかたないってとこやな」
向日先輩の考えを受け継いだように、忍足先輩が口をはさんできた。
「そうそう、それそれ。さすが俺の相方!」
「宍戸のことも分からんでもないんやけど。まだあの指輪にこだわってあるし。色々複雑なことがあるんやろ。
今は何を言っても同じやろうから、少しそっとしておいてやったらどうかいな」
大人な考えを持っている忍足先輩はそう言って俺に促した。
「でも鳳もなんでにこだわってんだ?」
不思議そうに問われて、今度は俺が考え込んだ。
「そうですね…………何ででしょう?」
「大体、お前がそんなに拘る相手も珍しいよな。宍戸の機嫌を損ねてまで。もしや、惚れたとか?」
にたにたしながら向日先輩に言われた。
「惚れたなんて!」
見る見るうちに顔が真っ赤になったのが鏡を見なくても分かった。
きっと今はトマトのようになっているだろう。
「鳳にもいよいよ春がきたのか?」
からかい口調の向日先輩に、苦笑いの忍足先輩。
「そうじゃないですよ!」
つい否定の言葉を慌ててはいて、顔を左右にふった。
「そうじゃなくて! ただ」
「ただ?」
「恋とかじゃなくて、どうしても気になるんです。先輩が。
あの人を放っておけないんです」
真顔で言ったら、向日先輩は首を傾げて、『それってやっぱり恋じゃないのか?』と言っていたけど。
俺にはまだよく分からなかった。
恋じゃないと思う。
ただ、どうしてもあの人の存在が気になるのだ。
理屈じゃなく。
あの人のことをもっと知りたいと思う。
「鳳君。ここでいいよ。これ以上送ってもらったら鳳君が遅くなっちゃうから。
それももう目と鼻の先だし。家」
せめて家の前まででもと、ごねる俺に、先輩はやっぱり困った顔を崩さない。
「迷惑ですか?」
「鳳君は優しいね」
微笑んでいるのにどこか寂しそうな口調でそう言う。
前もそんなことを言われた。
「そんなことないです」
でも俺もどろどろした感情とか持ってるし、誰にだって優しくなんかない。
優しいと言われながらも、どこか責められているように聞こえるのはどうしてだろうか。
「鳳君は優しいよ」
更に繰り返されれる。
「俺は…………」
言おうとした言葉を、先輩の右手で口を軽く押さえられ遮られた。
そのまま俺達はしばらく見詰め合ったまま。
困った笑顔を浮かべる先輩。
そんな顔を見たいわけじゃないのに。
きっとこの人の笑顔は素敵なはずだと思うのに。
この笑顔しか見たことがない。
胸がちくちく痛む。
俺はこの人に笑顔をあげたいと本気で思う。
これは…………向日先輩が言うように恋なのだろうか。
ようやく先輩が口を開いた。
「鳳君は…………優しいね
でも、今の私にはその優しさが残酷だよ」
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☆コメント
鳳再び出してきました。
特に深い意味はなく。
ジローにしようか鳳かそれとも千石かと悩んだ挙句に鳳。
牛歩並みですね(笑)
ちょこっとずつ、進んでは戻る。
進むように見せかけているだけ。
もどかしい状況がまだまだ続くので、お付き合いくださいませ。
2009.1.27