声を聞かせて




さん?」
振り返ると、親友だった有坂志保が立っていた。
自分の机でぼんやりと文庫本を読んでいたから、ただ驚いた。
そして志保の格好にも驚いた。
「ちょっと時間あるかな?」
昼休みだったから時間は問題ない。それよりも志保のことだ。
「それは大丈夫。時間もあるから話なら聞くけど、そこに座る? 忍足君の席だけど」
隣の席の侑士はお昼になると、パンを持ってどこかへ行った。
いつものことなので昼休みはぎりぎりまで帰ってこないのは知っている。
「そうだったわね。じゃぁ、ここでも構わない?」
「ええ。大丈夫」
そう言うと、志保は助かったと言いながら侑士の席に座った。
「えっと。大丈夫?」
とりあえず志保が何しに私のところへ来たのか知るよりも、志保の状況の方が先に知りたかった。
「う〜ん。ちょっと家の階段から転がり落ちちゃったのよね。足のひびぐらいですんだのは不幸中の幸いだったかも。
 下手したら死んでた可能性もあるしね。でもこうなると大変なのは部活なのよ」
まるで昔のように親しく志保は話し出す。
もちろん、志保は昔のことなんて覚えていないだろうけど。
昔から志保はとても人と喋るのが上手で、初めての人でも上手に話を聞き出せるし、話せる。
「そうだよね。部活は無理だよね」
いくらテニス部が大変でも、松葉杖での部活は困難だろう。
「みんなからも治るまで休めと言われてね。こっちはそうしてもらえると有難いんだけど。
 問題はマネが一人になるってことなのよ」
ため息をつきながらどうしたもんかなぁと困ったように呟く。
ドキンッと胸が高鳴った。
嫌な予感だ。
「レギュラーメンバー一人ならいいんだけど、一応準レギュとかもいるでしょう。だからね」
多分この先は聞かなくても分かる。
「この前の練習試合の時、さん青学の臨時マネしてたよね? あれさんだよね?」
凄い顔して足を動かせないのに、こっちに向かってくるようにして顔を突き出してきた。
「えっと…………まぁ、真似事だけど」
「だってテーピングの仕方は完璧だったじゃない。それに色々見てたけど文句のつけようがなかったわよ」
「それはたまたまのことで」
まさか気づかれているなどとは思わなかった。
志保との接触もなかったし、氷帝からはできるだけ避けて動いていたはずなんだけど。
でも確か、宍戸君とかがこっち向いてたから…………気がついたんだろうね。
「だからね。私の足が治るまで代理でマネージャーやってくれない!?」
がっしり両手を握られて、拝むように頼まれる。
「えっと…………」
困った。
志保のお願いは聞いてあげたい。
でもあのメンバーの中に入る勇気はない。
まだ怖くて、近づくこともできないのだから。
隣に座っている侑士もまともに見ることができなくて、目線をそらすようにして接しているっていうのに。
マネージャーができるはずがない。
第一、代理マネージャーをするということは、必然的にあの子に会うことになるのだ。
普通に喋れるかどうかの自信もないし。
本人を目の前に私は冷静でいられるのだろうか。
景吾との関係も見たくもない。
「駄目かな?」
どこか悲しそうな顔になる志保に、戸惑いながらなんとか穏便に上手に断れる言葉を捜した。
「多分、跡部君は反対するんじゃない?」
あまり必要のない女性を部活に入れることが嫌だと言っていたから、きっと代理とはいえいい気持ちはしないだろう。
それに私がそれだというなら、もっと反対するのではないだろうか。
私は彼や彼らに、指輪を持ち去った人だと認識されているのかもしれないのだから。
長太郎君や侑士は普通に接してくれたとしても、宍戸君はきっとそうじゃないと思う。
彼は裏切りが一番嫌いな人だ。
黒か白かはっきりしたい人。
だからあきらかに黒に近い私は嫌いだと思う。
そして一度仲間にした人をとても大事にする。
傷つけられるなんて黙ってみている人ではない。
景吾が大事な人は、宍戸君にとっても大事な人。
その大事な人が傷つけられるのは、見たくもないし避けなければならないから彼は特に反対するだろう。
宍戸君から嫌われるのは悲しいけど、彼はとても正義感も強い。
前は何度も何度もその強さに助けられた。
仲間として大事にされていた。
だから宍戸君のことは嫌われても、仕方ないことだと思っている。
今は、私は景吾の彼女に対する危険分子であるのだから。
「そこはちゃんと了解を得たよ。最初は渋っていたけど、どう考えてもマネの負担がありすぎるのよ。
 そりゃぁ、やれる分はやるって言ってるけど、それでも無理があると思ったの。それなのにミナミにお願いねって言えるわけないでしょう。
 絶対に後で倒れるんだから。あの子ほっといたら無理ばかりするの。
 だけど何もできない私がちょろちょろしていたらそれだけでメンバーにも心配かけるし、迷惑になるんだもの。
 それだったらあの時臨時で文句のつけようもないぐらい働いていたさんならって思ったの!」
「本当に了解がとれたの?」
信じられない。
景吾がそれを許可したなんて。
「ちゃんとメンバーにも許可取ったよ。だって負担かかるのはミナミでしょう。渋々頷いてたりした人もいたけど。
 大丈夫。そんなに物分りの悪い奴らじゃないから。ちゃんと分かってくれるから」
志保と喋れるのは嬉しい。
でも、やっぱり今の志保にとって大事なのはミナミちゃんなんだね。
「それにね、さんなら大丈夫だって思ってるの。まったく話したこともなかったんだけど、信用できるって本気で思ったの。
 私がいないでも安心して任せられるって。根拠はないけど、それでも本気で思ってるから。都合がいいかな?
 それだけじゃぁ、頼む理由にならない?」
力強い口調で、力説する志保にただ驚く。
記憶はないはずなんだよね。
だけど、それなのにそう思ってくれているんだと思ったらすごく嬉しくなった。
どこかで志保に信用されているんだと感じる。
記憶をなくしていたとしても、志保は大事な私の友達だ。
「有難う。そんな風に思ってくれているなんて嬉しい。でも…………」
大事な友達の頼みだから利いてあげたいと思うけど、やはりテニス部のマネージャーというのは正直怖い。
戸惑いながらなんとか断ろうとする私の両手をぎゅっと握られた。
「勝手なお願いだと重々理解してる。だけど頼める人がいないの。足が治ったらすぐにでも復帰するから。
 それまでどうかお願い。テニス部をお願いしたいの」
真剣な目を向けられて、これ以上断る言葉を探すのはできなかった。
テニス部のみんなが大好きだから、変な人には頼めない。
だから志保なりに私に頼みにきたのだろう。
不安は大いにある。
彼女さんのことだってあるし。
メンバーのみんななんて特に。
うまくやっていく自信はない。
でもほんの数週間の出来事ならばなんとかできるかもしれない。
基本的に大事な人からお願い事をされると断れないタイプらしい。
いままではそれでも良かったのだが、今回はそんな自分の性格が吉と出るのか凶と出るのか予測がつかない。
ちゃんと断ったほうがいいというのは分かっている。
でも…………。
「足が治る間だけなら…………」
断る言葉ではなく、受け入れる言葉が口から出た。
「本当に!?」
ぱっと花が咲くような笑顔をして、志保は有難うと何度も何度もお礼を言った。
志保との触れ合いは本当に久々で嬉しくて、楽しかったけれど。
胸の中は不安がいっぱいだった。
数週間でもうまくやれるのだろうか。
ちゃんと景吾とも喋れるのだろうかと。


だけどほんのちょっとだけ嬉しかった。
またあの場所に戻れることが。

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☆コメント
ほぼオリジナルになっているようで、すみません。
女性マネージャーが入るとどうしても仕方がないかもしれません。
しかし、ここに志保さんという方が通っていらっしゃったら、夢小説なので不安です。
ミナミちゃんはカタカナだからなんとかいいかなと思ったのですが。
かぶらない事を祈ります!
青学臨時マネにした理由はここにあります。
ここまで持って行きたかったのですよ。
あっさり臨時にして試合もスルーな感じで申し訳ありません。
すべてここにくるまでの布石だったと思ってください。
蒔き餌ですよ(苦笑)
やはりトリップはマネージャーにならないと話になりませんもの!(笑)


2008.12.30