声を聞かせて



重い空気が立ち込めていた。
いらだっているのは、宍戸で、それを押さえつけようとしているのは跡部だ。
「もう決定したことだ。お前も頷いただろう」
「それは…………。でも、納得いっているわけじゃない!」
苛立ちをどこかにぶつけようと、宍戸は机の上を叩く。
「宍戸。お前も分かっているだろう。ミナミに全部負担がかかりすぎるのを」
「それはみんなで分担すればいいだけのことだろ」
「それでは、ミナミが納得しない。ほんの数週間のことだけだ」
これ以上は聞かないという姿勢の跡部に、宍戸はまだ納得してないとばかりに噛み付く。
「お前はいいのかよ!?」
「いいも悪いもないだろう。それしかない」
断固とした口調に宍戸は黙る。
「まぁまぁ、宍戸。ちょっとばかり過敏じゃないのか?」
部室で黙って聞いていた岳人が、横から口を挟みこむ。
この空気を何とかしようとした岳人なりの気遣いだったのだが、宍戸は気に入らないとばかりに睨みつけてきた。
「お前はそれでいいのか?」
「俺? 俺は別にあいつがどうだとかよく分からないし、ミナミの負担を考えれば仕方がないって思うけど?」
宍戸が異常に反対しすぎじゃないのかと付け加えたかったが、どんなことを言われるのか分からないのでそれは言わずに口をつむぐ。
「仕事ができるのなら問題ないじゃないですか。それ以外のことには興味ありませんので」
日吉のしれっとした口調に、宍戸の眉がまた上がる。
「宍戸ももうちょっと落ち着いたらどうや?」
「俺はミナミのことを考えてやれって言ってんだ!」
忍足の言葉にも、宍戸は耳を傾けず更に怒りをあらわにする。
「ミナミの指輪はまだ見つかってないんだ! それに一番持っているかもしれないやつがここに臨時マネとしてくるんだぞ?」

「それは違います! 宍戸さん!」

それまで黙って事の成り行きを見守っていた鳳が慌てたように口にした。
「長太郎?」
いつも自分の味方だった鳳が自分に反論してきたことがとても驚いたようで、半信半疑な顔で見上げる。
他の人も鳳の発言に驚いたような顔をする。
「あの…………俺、その指輪、先輩から見せてもらいました」
「長太郎?」
「鳳、やっぱりさんに近寄ってたんやな」
忍足が呆れたように鳳を見て、小さくため息をついた。
「すみません。忍足先輩から言われてたんですけど、気になってしまって、会いました」
「で? その指輪を見せてくれたっちゅーわけやな?」
「はい」
神妙に頷く鳳に、宍戸が口を挟む。
「指輪は、どんなやつだった?」
「…………ミナミ先輩と同じものでした」
「じゃぁ、やっぱりそいつが」
「違います!!」
宍戸の言葉をさえぎって、鳳は否定した。
「そうじゃなくて、その指輪には名前が彫ってありました。先輩の名前です」
「名前ぐらいいくらでも加工しようとすればできるんじゃないのか?」
「それはないな」
黙って聞いていた跡部が、口を開いて否定する。
「何でだよ? 同じ指輪なんていうのがそもそも変だろう」
「だが、あの指輪はそれ自体が特殊で一度名前など彫ったら、加工してもう一度別の名前を彫りなおすなど不可能なんだ」
指輪の性質は買った跡部が一番分かっている。
だからそれは正しい。
先輩、大事な人から貰ったものだと…………泣いてました。もう今はいない人だと言って」
ぽつりと呟くように言葉を漏らす鳳に、他の誰もが言葉を失くした。
「宍戸先輩は、誤解してます」
いつも宍戸について回っている鳳から発せられた言葉とは思えないほどの口調と、非難している口ぶりだった。
宍戸はその言葉に何かを返そうと口を開いたが、諦めたように口を閉ざした。
そしていらだったようにソファーに座り込む。
それを見た跡部は、ここらが潮時だというような口調でみんなを見回す。
「撤回はない。有坂がを臨時マネージャーとして連れてきた場合は、それを受け入れる。以上だ」
もう宍戸も反対の意をしめさなかった。
他のみんなもそれぞれの思いは胸に秘め、頷く。


「でも俺は…………まだ指輪のこともあいつのことも納得したわけじゃない」

小さく、それでもみんなに聞こえる程度の声で呟く宍戸に、鳳は複雑な表情を見せた。
宍戸は尊敬している先輩だ。
も今では嫌悪とかじゃなくて、純粋に知りたいと思う相手だ。
だからこそ、宍戸がに持っている感情を取り除きたいと思うし。
そんな憎むような感情を宍戸に持っていてもらいたくないと思っている。
そんな心情を持っている鳳だったが、いまいち宍戸には伝わっていない。
どうしてもかたくなまでに、宍戸はを拒否する。


ゆっくり立ち上がった宍戸は、ラケットを持ってコートへ向かった。
これ以上この場所にはいたくないと言う様に、荒々しい歩き方で出て行った。
それを困ったように見てため息をついたのは忍足だった。
「跡部」
「何だ?」
「何考えてるんや?」
さぐるような口調に、跡部は飄々と答えを返す。
「何も」
「火種をわざわざこっちから貰いに行くってのは気に入らんな」
「ほんの数週間だけだ」
それ以上は何もない、ときっぱり答える跡部に、忍足は本当かいなとため息を再びつく。
それを他の部員は、複雑そうな顔で見つめていた。

戻る 次へ

☆コメント
2009年初の更新です。
何か、どうも単調すぎて話が進まなかった。
せっかくの更新がこれとはなんだか申し訳ないかも。
微妙に嫌われになっているような気がしないでもないですが(いや、なってるね)
宍戸は仲間を大事にする人ですから、ミナミちゃんが可愛いのですよ。
ですから、新入りがミナミちゃんに危害を与えないかと心配してのことです。
これがもし主人公がその立場なら間違いなく宍戸は全力で守ったでしょう。
ですので、宍戸を嫌わないでやってください!
根はいい奴なんです〜
って、自分がそう書いたんですけどね(笑)


2009.1.5