声を聞かせて




「跡部あれって…………」
小さく忍足が呟いた。
もちろん俺も気がついていた。
青学メンバーから隠れるようにしてついてきたマネージャー。
それがだということぐらい、すぐに分かった。
ただ何故青学にいるのか分からない。


「跡部。本日はよろしく頼む」
手塚が挨拶にきたので、俺も返事をしつつ視線はどうしても青学方面に行ってしまう。
「手塚。お前のところ、マネージャーが新しく入ったのか?」
は青学の人間ではないと分かっていての質問だが、手塚は俺が個人的に知っているものだとは思っていないだろう。
「ああ、彼女は不二が今日だけ特別に頼んだ臨時マネージャーだ。経験はあるそうだから頼んだ」
不二が?
不二の名前も意外だが、何よりもがマネージャー経験があるというのが驚きだ。
「そうか、氷帝の生徒だと聞いたな。まずかったか?」
「いや。特に問題がない。ところで手塚、練習試合のことだが」
なんでもないというふりをしながら今日の話を進めていく。
視線を少しずらすと、少しはにかんだ様な笑顔のが誰かに笑いかけていた。
それは見たことのない笑顔だ。
俺と会うときは、たとえ遠くであっても怯えたような、悲しそうな顔しか見せないのに。
胸がざわつく。
今まで感じたことのない気持ち悪さだ。



「跡部。あれどないなってんのや?」
そわそわと落ち着きのない忍足。珍しいことだ。
「ああ、臨時マネだそうだ。今日一日限りの」
「臨時? 何でそんなことに?」
「不二が頼んだそうだ。経験があるとかで」
「は?」
忍足の戸惑いは俺が感じていたこととまったく同じだろう。
経験があることや、青学の不二と仲がいいなど。
まったくもって思いも寄らないことだったのだから。
「まぁ、俺達には関係のないことだ。忍足、集中しろ」
立海も到着してきていた。
これ以上いらぬことに、気をとられることは色々とまずい。
今のところ気がついているのは俺と忍足だけのようだ。
後のメンバーはひっそり影に隠れているように動いているに気がついてないようだ。
それでいい。
俺はから視線をはずした。


のだったが。


自分の試合ではないと、どうしても目線をそっちに動かしてしまう。
はびっくりするほどよく働いているようだった。
いいタイミングで、タオルとおしぼりを渡し。
スコアもつけているようだ。
たまにいなくなるのは、タオルのストックしたり、ドリンクの替えを作るために席をはずしたりするようだ。
あれだけ動けるのだから経験者なんだろう。
どこのクラブにも所属していないはずなのに何故あんなに動けるのだろうか。
視線はなかなかその姿から外れることがなかった。


そんな時に、立海の試合で青学の菊丸が激しく転倒した。
練習試合でも関係なく本気になるので、多少の怪我はよくあることだった。
だが今回は手首のひねりと、足の怪我が酷いようだ。
中断した試合に、真っ青になったが救急箱と水の入ったペットボトルを持って走ってきた。
「ごめんね〜。ちゃん」
「動かさないで! 手首は? 激しく痛みませんか?」
「いや、ちょっとだけひねったようだけど、多分酷くはないと思うよ」
器用な手でコールドスプレーをふりかけ、テーピングで固定する。
テーピングの固定の仕方は完璧だった。
どこか本格的に習っているとしかいいようがないほどの完璧な処置の仕方だ。
血を流した足の傷は、水で洗い流し痛がる菊丸を叱りつけながら治療する。
まるっきり俺の知っているとは違っていた。
その治療を、立海の幸村も興味深そうに見ていた。
菊丸の治療が終わると、桃城が肩をかして連れて行く。
ほっとしているようなに、幸村が近づいた。
「えっと、青学のマネージャーさん?」
「ああ、はい。臨時ですけど。と申します」
「そう。ごめんね。悪いけどこっちも怪我したやつがいるんだ。迷惑じゃなければお願いしてもいいかな?」
「構いませんよ」
と幸村が並んで立海席まで行く。
その頃になると、ようやく氷帝レギュラーもの存在に気がついたようだ。

「跡部、何であいつが青学のマネしてるんだ?」
宍戸が荒々しく聞いてくる。
「さぁな?」
面倒なので流すと、宍戸は不快な顔を隠しもせずに黙り込む。
こっちもさっぱり分からない状態だ。
マネをするの動きははたから見ても完璧だ。
だががどこかの部活に所属しているなんて記録もない。
謎だらけの女だ。
なのにどうしてこうやってどこかで関わってくるのか。


こちらの視線も気がつかずに、は自分の仕事を一生懸命にこなしている。
ドリンクのタイミングも、気遣いもこちらからみてすべて文句の言いようのない仕事をしている。

不意に右手に温かな感触を思い出す。
それは何の記憶なのか思い出せない。
怪我をした時なのか。
ずっと温かい手が俺の右手を包んでくれていたような。
不思議な感覚だ。
誰との思い出だ?
思い出せない記憶を忌々しく思いながら、の姿を捕らえる。
笑っていた。
それはやはり、俺の見たことのない笑顔。
不二に向けられた笑顔は、本当に嬉しそうだった。
心を許している相手なのだろう。
そう考えると、何故か胸の辺りがムカムカした。
それを何と呼ぶのか、考えたくもない。
俺はを視線からはずした。
心をかき乱されるのはごめんだ。
俺らしくもない。


『景吾、大好き』

頭の中で何かが浮かんで、消えた。

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☆コメント
特にこうって言う内容じゃなかった気がしますが。
主人公ができる子っていうことを教えたかった内容です。
そして青学の臨時マネこれで終わります(笑)
臨時マネができるってことによって…………。
次回の話が膨らむのですよ。
ってことで次回を待て!


2008.12.26