声を聞かせて




月明かりの中、目当ての人は必死になって指輪を探していた。
横顔から涙が見えるのは気のせいだろうか。
踏みしめた土の音に気がついたのか、はっとしたがこっちを見た。
しばらく無言のまま、俺たちは見つめあった。
の綺麗な手は土で汚れていた。
どれほど必死になってあの指輪を探していたのか容易に想像できた。
自分の体にダメージが残っていても、この手の中にある指輪はにとって、とても大事で失くしてはならないものなのだろう。
色々聞いてみたいこともある。
知りたいことだってある。
だけどのあんな顔を見ていたら、早く安心させたくて俺はゆっくりと前へ進んだ。
立ち上がったは、俺の顔を困惑気に見つめていた。
何故ここにきたのだろうかと思っているのか。
それとも何故自分がここにいるのかを知っていたのかと思っているのか。
俺は土で汚れいてるの手をとって、手のひらに指輪をのせた。
はっとしては俺の顔を見る。
だがの視線はすぐに指輪に戻り、ほっとしたような顔をして泣き出しそうな笑顔のまま指輪を大事そうに握り締めて俯いた。
「良かった…………」
小さな呟きがもれる。
どれだけその指輪を大事にしているのかというのが垣間見れた瞬間だ。
俺は矢継ぎ早に質問をするのは、この場にふさわしくないような気がしてしばらく黙っていた。
もちろん後ろにいた侑士も無言だ。


どれほどの時間がすぎたのだろうか、顔を上げたは俺をまっすぐに見つめた。
「ありがとう。向日君」
その言葉に俺は違和感を覚える。
なんだか苗字で呼ばれることがなんだか嫌な感じだったのだ。
いままでこんなことを感じたことがなかったのに。
「病院は…」
「え?」
「病院から抜け出していいのかよ?」
そんなことを聞きたいわけではなかったのに、俺の口は違う言葉を吐き出す。
「多分、怒られちゃうかも。さっきも清澄君や不二君から何度も携帯に電話があったけど、出なかったから」
「千石と不二?」
「うん。多分二人からもきっと怒られるかな」
笑顔なのに、なんだか痛々しい笑顔のようで俺の心が痛む。
何でこんな風に俺は思ってるんだろう。



「ごめんね」
ぽつりとが呟いた。
「え?」
俺の不思議そうな顔には答えず、は続ける。
「指輪有難う」
「それ…………」
唾をぐっと飲み込んで、今度こそ聞いてみたいことを聞いてみた。
「誰からもらったんだ?」
は泣き出しそうな顔をした。
それでもこらえる様な顔で、呟いた。
「大事な人………。でも…もう、いなくなっちゃった」
?」
「掴みかけたと思ったんだけどね……。もういないの。きっと私が悪かったんだよね」
言葉の意味がよく分からないまま、は続ける。
「そうなる運命だったのかなぁ」

『そうなる運命だったのかなぁ』

頭の中で誰かの声が浮かんだ。


『景吾の傍にいつでもいてね。私それだけで安心だから』
『約束だよ』
『お願い…………岳人』



浮かんでは消えていく言葉。
何かがまるで頭の中をコントロールしていくかのように、浮かんだ端から消えていく。
だから何がなんだか分からず。曖昧になっていく。
言葉の意味と、誰の言葉かと頭の中で追いかけようと集中しようとして黙り込んだが、侑士には俺のそんな状態は気づくどころか。
ただ黙ったまま、何も言わなくなった友人としかとらえられなかったのだろう。
ついに自分で言葉を発した。

「なぁ、その指輪の名前、跡部の名前なんかいな?」
ストレートな物言いに、俺のほうがドキッとさせられる。
は悲しそうな顔のまま、首を横に振って否定した。
「跡部がミナミに送った指輪とそっくりやねん。偶然とは言いがたいけど、その指輪名前ほったら再度書くことは不可能な指輪や」
侑士は一呼吸おいて、に向き合った。
「その指輪はここに存在するのさえ不思議なものなんや。ほんまに跡部じゃないんか?ミナミの指輪………いや、跡部の?」
何を侑士が言っているのだろと、俺は侑士の顔を凝視した。
跡部が送ったとしたら跡部が騒ぎ立てる理由が見つからない。
そんな不義理なことをしないやつだと俺たちは分かっている。
あんなに大事にしているミナミを悲しませるようなことをするはずがない。
第一、同じ指輪を二人の人物に送るなんてことはする方がおかしい話だ。
偶然同じ指輪をが購入して、偶然にも跡部と同じ名前の恋人の名前を彫ったと言った方がまだましな答えだ。
「跡部が買った指輪は特別なもので、一般人が普通に買うなんて考えられんのや。その指輪誰のや?」

「それは………」
侑士にまくし立てられて、が迷うように言葉をこぼした時だった。



ちゃん!!」
ちゃん!!」
何人もの声が響いて、こちらに向かって走っくる音がした。
千石と、不二と、越前と青学のやつらが大勢いる。
千石が一番最初に、に抱きついた。
「心配したんだよ〜。病院から抜け出したって聞いて、どれだけ心配したか。
 それに何度も携帯に電話したんだよ。何で出てくれなかったの?」
「僕らも千石君から電話で聞いて探してたんだ。良かった。見つかって」
不二も安心したようにを見た。
「病院に帰ろう。みんな心配してる」
「……………うん」
こちらをちらりと見て、は小さく頷く。
俺はそれを引き止めることも、できなかった。
なんと言えばいい?
何を聞けばいい?
ジローの言うように、俺は何かを忘れている?
何を?


連れて行かれるの背中を黙って見つめていると。
がこちらを振り返った。
「が…向日君! 跡部君意識戻ったから」
小さな笑みを浮かべていた。
それはとてつもなく寂しげな笑みを。

頭痛と共に再び浮かぶ。
確か彼女もあんな顔をしていた。
悲しそうな顔をして、それでも笑みを浮かべて言った。

『私は大丈夫だから』


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☆コメント
長々とお待たせしました。
これが一番最高にお待たせしたと。
本当は劇的な動きがある予定でしたが、よく考えたら跡部が目覚めてないという重要な事実を忘れておりました。
書き直すこと4回。
跡部の目覚めから物語を劇的に動かさなければならないということで。
今回も単調な文章になってしまいました。
寒い時期になったので、ふらふら遊びに行かず、この物語をすすめたいなぁと思う。
るまです。
……………なんか本当かよって声がする(逃)


2009.11.2