声を聞かせて




!!」

部室の外で跡部の声がした。
それはとても大きな声で、その声が聞こえた瞬間、何かが崩れ落ちたような大きな音が響いた。
とんでもない音に、部室の中にいた俺らは慌てて部室を飛び出した。
目の前に広がる光景に誰もが息を呑んだ。


改築工事に使うと言っていた組み木が流れ落ちたのだろう。
その下敷きになっていたのは、跡部とだった。
ぴくりとも動かない二人を見て、俺らは動けなかった。
足がすくんだように、その場に立ち竦んだ。
小さな呻き声を出し、そろそろ動き出したのはだ。
しかしその拍子に、乗っていた組み木が滑り落ちる。
をかばったような形となっていた跡部も崩れ落ちた。
鮮やかな赤い血が、の額を流れる。
の声が微かに聞こえた。
そして次の瞬間。



「景吾!!!!」



どこからそんな声が出せるのだろうかという声が、辺りに響き渡った。
悲しみとも痛みともなんとも言えない、絶叫だ。
その声でやっと俺たちは呪縛が解けたように、動き出した。
「景吾!景吾!」
狂ったように跡部の名前を呼び続ける、
涙がぼろぼろと地面に落ちていく。
!落ち着け!」
侑士が一番早く、跡部の元に駆け寄って、跡部に縋り付くの肩をつかんだ。
それでもは、ただ叫び続ける。
誰も目に入らないようで、ただ名前を呼ぶ。
その肩を抱き寄せ、侑士は的確にその場を収めようとした。
「鳳、救急車や。先に救急車呼ぶ手配をするんや。それから校医をここへ」
「はい。分かりました」
鳳は素早く駆け出していく。
俺は、から目を離せないでいた。
尋常ではない態度。
そして跡部が最後に叫んだ言葉が、頭にこびりついていた。
ここにミナミがいなかったのは、不幸中の幸いかもしれない。
俺たちにこの説明はできない。
「景吾。お願いだから目を覚ましてよ…」
止まることを知らないように、の涙はあふれて止まらない。



何故跡部がの名前を叫んだのか。
何故が、跡部の名前を呼ぶのか。
何故こうまでが、取り乱すのか。
俺らには分からない。



「こんなのイヤよ! こんな景吾を見たくて戻ったわけじゃないのに!
 忘れたなら、忘れたままで、私を捨てたままで良かったのに!!」
意味不明な言葉がの口からこぼれる。
「景吾、目を覚まして!」
!落ち着きや!」
侑士が何とかをなだめようとするが、ただ跡部を見続けたまま取り乱したまま。
まるで俺らの存在すら見えてないようだ。
時間がたつほど、跡部の出血がひどくなっているように感じる。
救急車はまだか。
校医は?
時間がたつのがこんなにももどかしいなんて思わなかった。
もどかしい気持ちと焦りがつのり、視線をあっちこっちにさまよわせていた。
すると。
視界にキラリと光るものが飛び込んできた。
侑士とが座っているすぐ傍にそれはあった。
混乱の中、誰もそれには気づかないようだった。


そのすぐ後、校医を連れた鳳が戻ってきた。
それから救急車も到着した。
嵐のような情景だった。
騒ぎに気がついた生徒も集まってきて、更に騒ぎも大きくなる。
きっと明日には氷帝中噂が広まっているだろう。
どんな噂になっているのか分からないが。
そして一緒に事故にあったも連れて行かれた。
侑士もを抱え込むようにして、救急車に乗り込んでいった。
救急車に運ばれた跡部たちを追って、監督が車で向かったと他の先生から聞かされ、俺たちはやっと帰途につくことになった。



「岳人? お前帰らないのか?」
疲れたような顔をした宍戸に声をかけられた。
「うん。俺は侑士が帰ってくるまで待ってる。鞄がここにあるから、帰ってくるだろうしな」
「そうか……」
宍戸は言葉少なめに返した。
色々思うこともあるんだろう。
俺だってたくさんある。
今日一日で考えすぎて、頭がパンクしそうだ。
元々頭が良くないのに、どうやってあのなぞを解こうというのか。
宍戸に聞いても、鳳に聞いても分からないだろう。
と。
跡部。
俺らに理解することはできない。
「じゃあな。明日」
「向日先輩。お疲れ様でした」
宍戸と鳳が部室から出て行く。
俺はそれを片手で見送り、しばらくして部室に誰もいなくなったことを確認すると外へ出た。



事故現場の場所にあった。
きらりと光るもの。
いろんな人が歩き回ったから土に半分埋まりこんでしまったものを取り出した。
の指輪というのが容易に理解できる。
汚れを落とし、光に透かす。
夕焼けにキラキラ光る指輪は色を変えていく。
指輪の名前を見るために、角度を変えた。

「何だよ。これ……」

呆然と呟いた俺の言葉に、返してくれる言葉はなかった。


指輪には名前が彫ってあった。
一人はの名前で。
もう一人は跡部の名前だ。

「何なんだよ。これは」

もう一度呟いた俺はしばらくそれを見つめたまま、動くことができなかった。

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☆コメント
岳人視点がしばらく続くかもしれません。
話がちっとも進んでないのにかなりお待たせしているような気がします。
日々精進!
忍足視点もちょっと書きたいのですが、彼の関西弁がやっぱりネックですね。


2009.6.10