声を聞かせて



ミナミを送って、車に乗って帰っていた時だった。
何気なく見ていた景色。
視界に入ってきた二人に釘付けになった。
すぐに見えなくなったが、あれは間違いなくと千石だ。
抱き合っていたのは、あの二人が付き合っているということなのか。
それとも?
誰に聞くわけでもない疑問が次々に浮かぶ。
そんな自分にイラついて、つい舌打ちをして車のシートに身体を沈ませた。
酷く不愉快だった。




「なんや、超不機嫌やんなぁ。跡部」
聞こえてきた声に目線だけ動かせば、ベンチに座りながらこっちを見つめる忍足がいた。
「あーん?」
「ミナミちゃんとでも喧嘩か?」
「いや」
「じゃぁ、何でそんなに不機嫌なんや?」
忍足の言葉に黙り込む。
不機嫌?
俺が?
「なんや。自覚なしか」
それは深刻やな。とため息をついてぽつっと俺に聞こえるか聞こえないかの小さな声で一言喋った。
か?」
ピクッと身体を無意識に動かしてしまった自分が腹立たしい。
「跡部無意識に彼女見とったから、分かりやすかったけどな。…………もしかしてあれか?」
心当たりがあるような言い方をして、俺の反応を待つ。
そんなに分かりやすい態度を見せていたのだろうか。
だから昨日ミナミにもそんなことを言われたのか。
自分の行動にうまく説明がつかなくて絶句した。
こんなことは初めてだ。


「お喋り好きな女の子たちが今日の休み時間に喋っとたわ。さんと山吹高の千石が付き合っているってな。
 抱き合ってたなんて言って喜んでいたけど、人の恋話の何が楽しいのか分からん。
 ま、たまに千石が氷帝にきているって聞いてたりしてたけど、本当やったやなぁ」
忍足の声が鮮明に耳に伝わる。
付き合っている?
あの二人が。
どこか納得いかない自分がいる。
だけど俺にはそんなのは関係ない。
そう、関係のない話だ。
誰と誰が付き合って、誰と誰が別れようが俺には関係のないことだ。



「なぁ、跡部。この頃おかしいで。ほんまに」
真面目な顔をして忍足がこっちを見る。
「問題ない」
「俺はお前が結構好きや。だから言わしてもらう。友の忠告と思ってもらってもいい。
跡部はミナミちゃんがいるやろ。あんなことあったっていうのに、今更ミナミちゃんを捨てるんか?」
強い目線で俺を睨みつけるように忍足は吐き捨てた。
「今更そんな話蒸し返したくはないけど、俺は認めへん。さんはいい子やと思うけど。
 ミナミちゃんを捨ててまで選ぶ相手じゃないやろ。それに彼女には千石もいる。
 そのうえで跡部は誰を選ぶつもりや?」
当たり前の言葉を並べる忍足にイライラしてきた。
分かりきったことを言われるのが嫌いだ。
だが、それはその怒りなのか図星をさされた怒りなのか判断がつかない。
「俺はあの時からあいつを守ると決めている。
 もし心がわりしたとしても、それはあの女以外だ」
そう絶対に好きになるはずがない。
同じ指輪を持つ女。
不思議な雰囲気を持つ女。
俺を怯え、悲しそうな顔で見る女。
俺はあいつを好きにならない。

好きになるはずがない。

更に何か言おうとする忍足を残し、再びコートに入った。
ボールを追っている時だけは無心でいられるからだ。
これ以上何者にも、俺の心を乱されたくなかった。
誰にも…………。

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コメント
…………。
動いてません。まったくもって。
跡部の心情は難しいです。

2009.3.1