声を聞かせて



帰りたい。
帰りたい。
あの場所に、どうかお願い。
帰らせて。


『お前はここにずっといればいいんだよ。俺の傍に』
『大丈夫。一人じゃないよ』
先輩さえよければ、俺は先輩と一緒がいいです』


彼らの声がよみがえる。
あれは私がトリップした人間だと分かった時に言われた彼らの言葉。
全部大事な宝物。
ねぇ、今、何をして、何を思ってますか?






現実世界が戻ってきた。
不思議と何ヶ月もいなかったという違和感はなく、スムーズに現実世界に溶け込んだ。
私がいなくなっていた事も誰も気がついていなかった。
いなくなった時と戻ってきた時の時間がわずかに違うだけで。
行方不明なんてことにもなっていなかった。
夢を見ていただけ?
そんな風に思ってしまうほどのわずかな時間。
だけど、右手に残った指輪だけが真実を知っているかのように輝いている。

夢じゃない。
そう何度も自分に言い聞かせて、ぎゅっと指輪を握り締める。
指輪だけが私とあの世界を結びつけるたった一つのものだから。


帰れるすべはない。
帰りたいけれど、トリップがどうやっておこったのさえも覚えてない。
どうして?
だって少し前まで覚えていたはず。
どうやってトリップして、どうやって彼らに会ったのか。


…………誰も答えを知らないけれど、私自身で答えを見つけるとしたら。
記憶の欠落。
いや、風化。
トリップした事実さえ、そのうち景吾のことさえも忘れてしまうのかもしれない。
彼らと私は会うべき人間ではない。
時間も、世界も何もかもが違う。
交わるはずのない人間が交じり合い、同じ時を過ごしたなんて決してあってはならぬこと。
記憶の風化はそのせい?
だったら早く、早く戻らなくては。
何としてでも彼らの元に戻りたい。
私の居場所はここではないのだから。



お願い。
私の居場所はここではない。
彼らの場所が私の場所なの。
私はこの世界では生きられない。
一生このままというのならば、きっともう生きていく意味はない。
私の存在理由はあそこにあった。
私の生きる道はあそこだ。


ねぇ、景吾。
あなたは私のいなくなった今、何を考え、何をしてますか?


メールも電話も。
会うことさえできない相手に、心の中で話しかけてみる。
返事はもちろんないけれど。



もう一度だけ、もう一度だけ願いを叶えて!!!
どんな過酷なことでも、彼らの元に戻れるならば。
記憶が風化していく前に。
景吾やみんなとの記憶が奪われる前に。
戻りたい
あの場所へ…………。



強く強く願う。
彼らに会いたいがために。

右手の指輪がきらっと光り。
覚えのある感覚がよみがえる。


「景吾!!」


!!」


二度と味わいたくなかったあの時の感覚。
だけど今は一刻も早くその感覚を感じたかった。



意識は闇の底へ落ちていく。
深く。深く。
海の底へ沈むように。
薄暗く、冷たい底。




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☆コメント
戻ってすぐに戻る。
簡単にトリップさせてしまいましたが、こうでもしないと多分淡々とした
主人公の生活を書くだけになってしまいますので。
あっさり戻してみました。
氷帝メンバーが書けるので嬉しいです。
ギャグではなくシリアスなので、ちょっと彼らが冷たいような口調を書かねばなりませんが。
いつか立海のようにギャグトリップも書いてみたいですね。
では次回で

2008・7・15