声を聞かせて
「清純君?」
見知った顔に、笑顔を向けられて驚いたなんてものじゃなかった。
どうして?
びっくりしすぎて声も出せずに、彼を見つめる。
清純君の腕に寄り添っていた女の人が、機嫌悪そうに眉を寄せる。
「清純。 誰?」
「ん〜。お友達だよ」
いつものへらっとした笑顔で答えると、益々眉が寄ったようだ。
「あんたっていつも誰もを友達って言うわよね!セックスしてもお友達なわけ!?」
きわどい台詞に清純君は涼しい顔をしてそれを肯定するように首を縦に振った。
その瞬間、女の右手が清純君の頬に打ちつけられた。
バチンッと大きな音がしたと同時に『あんたってサイテー』と女の人は捨て台詞と共に去っていった。
「いててて」
清純君はその人を追いかけるわけでもなく、ただそのまま見送る。
頬に手を当てたまま。
「…………大丈夫?」
真っ赤になった頬はすごく痛そうだ。
「えへへ。変なところ見られちゃったよね。大丈夫。大丈夫。こんなの慣れてるから」
あっけらかんと言い放った清純君に、彼らしいと少し笑ってしまう。
「笑ったね」
「え?」
「なんか、死にそうな顔してたから。何かあった?」
昔と変わらない笑顔が、私に向けられる。
「こんなところに居たら絶対に怒られるよ。それとも…………跡部と喧嘩でもした?」
さらっと言われた言葉に、目を見開いた。
不二君と一緒だ。
彼も私を忘れてない一人だ。
「ちゃん?」
私の微妙なおかしな変化に気がついたのか、清純君は変な顔をする。
どう言ったらいいのかなと濁すように笑った。
しかし清純君は追及するつもりはこれっぽちもなかったようで。
「じゃぁ、いまちゃん暇なんだ。俺もせっかくの女の子逃げられちゃったし。
ちゃん、俺とホテルでも行く?」
まるですぐそこのお店に遊びに行こうよという軽い口調で、あっけらかんと言う清純君。
彼の性への観念はとても軽い。
服を変えるように、次々と変えていく。
女の目線では最低だと思われる部類にはいるのであろうが、彼はみんなから好かれていた。
私も清純君と喋るのは楽しかった。
景吾があまりいい顔はしなかったけど。
「…………いいよ」
清純君の返事に、深くも考えずに返事をしてしまった。
「へっ?」
驚いたのは清純君だ。
まさか肯定の返事をするとは思わなかったようで、鳩が豆鉄砲をくらったかのように目をまんまるさせている。
彼の左手を掴んで、歩き出す。
「私、ホテルとかよく分からないから、清純君が選んでね。どこがいい?」
引っ張られて歩き出した清純君は、慌てたように私の手を引っ張る。
「ちょっ、本気? ちゃん?」
焦る清純君がとても可愛く感じる。
「本気だよ」
きっぱりと返事を口にした。
景吾とはそういう行為をしたことがない。
手をつないで、キスをすることはあったし。
一緒に眠ったこともある。
でも一線を越えたことがない。
もしかしたら自分の世界に引き戻されるかもしれないと分かった時。
景吾に自分から抱いて欲しいと言ったことがあった。
別れてしまう前に、何か繋がりを感じたかったからだ。
でも、景吾は今度戻って来た時に、必ずと約束した。
さよならのかわりに抱くことはしたくないとそう言った。
だけどその約束も、もう果たせそうにもないし。
いいかなと。
深くも考えずにそう思った。
それもありなのかもしれないと。
清純君は嫌いではないし。
きっと大事にしてくれるだろう。
だけど恋人なんて関係にもならない。
利用してるだけ…………なのかもしれないけど。
ほんの少し、人との温もりが欲しい私に、ぱっと手を差し伸べてくれた人にすがりついただけ。
「どこにするの?」
ホテル街に足をむけ、なんでもないように陽気に言いながら笑顔で清純君を振り返った。
清純君は一度も見たことのない顔をしていた。
「清純君?」
こんな彼は知らない。
にっこり笑って、くったくのない笑顔で喋る姿しか知らない。
こんな顔は見たくない。
「やめようよ。ちゃん」
「何で?」
案の定、清純君がそう言った。
「だって絶対に後悔するでしょ?」
清純君が断言するかのように言う。
「しないよ。そんなの絶対にない」
だからむきになって返事を返す。
「清純君はいつも女の子と軽くデートしたりして、ホテルに行くんでしょう?
何で今日に限って、私がいいよって言ってるのにやめるの?」
「それは女の子も俺もいいよって心から思えた時だけだよ。ちゃんは違うでしょ?」
「違うって何?」
「俺はね、基本的には気持ちよくて、楽しく女の子と過ごしたいの。
だけど今のちゃんはそんなんじゃないでしょ?」
小さな女の子の我が侭を諭すように、清純君は言葉を並べていく。
ただエッチするだけじゃないんだよと。
「どうしても駄目なの?」
私は諦めずに聞く。
「だから絶対に後悔するのが分かっているから駄目だよ」
「しない」
「いや、するよ。絶対にちゃんは」
清純君は、私の両手をぎゅっと自分の両手で握り締めた。
向かい合わせた格好で清純君は私の目を見て言った。
「ちゃんは俺を逃げることに利用したことに後悔するよ。自分がやったことじゃなくてね。
俺という友達を利用したことが絶対に許せないって後悔する」
驚きに目が開く。
声が出なかった。
「俺が知ってるちゃんはそういう子だよ。自分が傷つくじゃなくて。
人のことを思いやって傷つく子だよ。だから俺は大好きなんだ」
あのいつも見せてくれたくったくのない笑顔を浮かべる。
「身体をつなげる以上に、繋がっていると思っているんだけどね。ハートで」
にこにこと笑う清純君の顔が、ぼやけていく。
ああ、どうして私は忘れていたのだろうか。
清純君はこんな人だったってこと。
何も考えてないようで、楽で楽しいことばかり好きな人だけど。
人の気持ちは敏感で。
思いやりのある人だってこと。
ほんの少し落ち込んでいても、誰も気がつかなくても清純君はすぐに気がついていた。
そしてそこには触れないで、笑わせてくれるのだ。
「…………ごめん。ごめんね。清純君」
言葉をどれほど並べても、あやまり足りない気がした。
「うん。うん。辛かったんでしょ? 胸ならいつでも貸してあげるからさ」
引き寄せられて、胸を貸してくれた。
それに甘えて、私は清純君の胸で泣いた。
この世界に来て、私は泣いてばかりいる。
ごめんより、有難うの笑顔がいいなと言う清純君に、私の涙はますますあふれて止まらなかった。
この世界はとても残酷だと思うと同時に、とても愛おしいと思う。
何故こんなに私への記憶が残っていたり消えたりしているのか。
何か意味があるのか。
更に誰かの記憶の中に私は居るのだろうか。
この温もりにしばらく甘えて、少しだけ前を向いていこう。
そしたら何か変われるのかな。
ねぇ、景吾。
あなたと過ごした日々と、あなたと一緒に関わった人たちはとても眩しすぎて。
私にはもったいないぐらいの宝になってます。
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☆コメント
千石をとんでもなく、モラルの低い子にしちゃってすみません!
でもね、最後はちゃんとフォローしてますよね?
千石好きなんですよ〜!!
って、また予想外にでた千石。
これはやばいと最近になってようやくプロットを立てていきました。
千石が出ます!
しっかり役にたってくれます。ええ。
でも…………最後はこうだと思っているわりには、最後の締めでプロット止まってるんですよね。
ほぼ最後の方まではプロット立ち上げたので、話の内容は進んでいくと思います。
不二にもしっかり頑張っていただきます。
だけど多分千石が最初に頑張るね(笑)
2008.11.18