声を聞かせて



ミナミ先輩の指輪はまだ戻ってきていない。
時々不安そうにするミナミ先輩。
跡部先輩が新しい指輪を買ってくれたらしいのだけれど、やはりなくなった指輪が気になるようで。
俺も何とか協力したいと思ったけれど、あんな小さな指輪なんて簡単に見つかるわけがなかった。
ただ跡部先輩が口にした『先輩』
彼女の名前がとても気になった。
盗んだと最初から決め付けるのは良くないことだと俺は思う。
だけど、気になってしまったら仕方ない。
俺はあまり接点のない先輩をこっそり伺った。
宍戸先輩に会いに行く振りして、探してみたり。
忍足先輩の隣の席だと聞いたから、用事を作って忍足先輩に会いに行って覗き見たり。
そんな俺の視線に先輩は気づいたのかもしれない。
俺の顔を見て困ったように、寂しそうに笑う。
そんな顔を見たいわけじゃないんだけど。
こんな探偵みたいなことはやめなくてはと思っても、どうしても会いに行ってしまう。
何故だろう。
寂しそうに笑う先輩が気になるのかもしれない。





「あのなぁ。あまりこう言うのもなんかと思うんやけど、鳳」
忍足先輩が二人っきりの時に口にした言葉。
言いたいことが分かってしまったのでドキッとしながらも平然とした態度を崩さず首を傾げる。
「何のことですか?」
「深入りはせん方がいいと思う。疑っているなら尚更」
やっぱり俺が先輩を見ていたのを知っている。
「俺の勘やけどな。あまり関わらん方がいい。別に何ってわけじゃないけどな。俺だってそんな子じゃないのは知ってる。
 でもこれ以上はやめとき」
「…………忍足先輩が何を言っているのか分かりません」



あの笑顔は誰に向けられるのか忍足先輩は分かっていない。
ほんの少ししか接触していないけれど、あの笑顔を向けられるのは忍足先輩と芥川先輩と俺と。
テニス部のみんなだ。
何故かは分からない。
どうしてそんな笑顔を向けるのか。

そして一番不思議なのは。
跡部先輩のことだ。
彼女は脅えている。
跡部先輩の姿に。
何故だかは分からない。
どれもこれもが謎だ。

消えた指輪。
跡部先輩からでた名前。
そして彼女の存在。
あの笑顔。
どうしてあんな笑顔なのだろうか。
俺は無性に気になって仕方がなかった。






それは偶然だった。
本当に偶然。
踏み込んだ屋上で、給水塔の裏で嗚咽が聞こえてきた。
いつもならその人に知られないようにそこから去るのだが、何故か好奇心がうずいた。
覗き込んだ先には、いつも見ていた先輩がいた。
驚いた拍子に、喉が変な音を立てた。
真ん丸い目をした例の先輩は、こちらを向いて更に驚いたようだ。
このまま去ることも考えたのだが、勇気を振り絞って先輩の隣に腰を下ろした。
びくっと肩が震えたのが分かった。
「これ…………」
ポケットから取り出したハンカチを差し出す。
だけどそのハンカチをどうしようかと迷うように先輩は受け取らない。
俺は先輩にハンカチを無理やり握らせた。
俺は先輩が泣き止むまでずっと傍にいるつもりだ。
不思議とそうすべきだと思った。


先輩の右手に何か握っているものが見えた。
右手から銀のチェーンが見える。
聞きたいことはたくさんあるような気がする。
だけど、今はまだこのまま。
このまま黙って傍にいてあげたい気がする。



『鳳君は優しいから、甘えちゃうよ。私の方が先輩なのに』



どこか懐かしい感じがする。
優しい空気はどこかで居心地がいいと大事にしていたのに。
どこでなくしてしまったのだろうか。
この手からこぼれてしまったものはもう、戻らないのだろうか。

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☆コメント
忍足にしようと思って書いた回でしたが。
急遽変更。
だって『君空』に忍足でまくっているし、関西弁がいまだに使えない。
宍戸にしようと思ったけど、私の中の宍戸は繊細な子ではない(笑)
鳳にしたけど素晴らしく彼が働いてくれました。
そして続きます。
二人は急接近するのか?次回ご期待