声を聞かせて



ずっと連絡をとらなかったのは、少しだけ心配だったから。
もし、彼も私のことを忘れていたらどうしようと怖かった。
だけど恐る恐る電話をすると、開口一番に『ちゃん!?』って言ってくれたからほっとした。
そしてとても嬉しかった。
彼は忘れていない。そして私を心配してくれているって分かったから。
景吾にあって情緒不安定だったのに、声が聞けて安心した。
「明日土曜日でしょう。珍しく土曜日は部活休みなんだ。会おう」
だからその言葉に安心して頷けた。
私を知っている人に無性に会いたかった。
会って存在を認めて欲しかったの。


「不二君」
待ち合わせの時間に遅れそうになって、走って行った私に、不二君はにっこり笑って待ってくれていた。
ちゃん。久しぶりだね」
「ごめんね。不二君。私ずっと連絡とってなくて」
連絡すると言ったのに、すぐにしなかったことに謝罪する。
電話の声がとても心配そうな感じだったから、ずっと心配してくれたんだろう。
「いいんだよ。ちゃんと連絡くれたから。それよりどこかに入ろうか。おいしいアップルパイのお店があるんだ。
 そこでいいかな?」
「うん。大丈夫」
不二君の変わらない態度に、嬉しくなる。
最初からこんな感じだった。
英二君にまとわりつかれていた私を助けるために、さりげなく声をかけてきたり。
決して英二君が嫌いなわけではなく、あまり一緒に居ると景吾の機嫌が悪くなるから。

好きそうだろうからと、いろんなお店の情報を教えてくれたり。
青学の人たちはとても優しくて、よく笑わせてくれた。
不二君も優しくて大好きだった。
まるでお兄さんができたみたいに。
だから青学との合同合宿や、練習試合なんかはとても楽しみだった。
景吾は不機嫌だったけど、私は何だかたくさんの兄弟や仲間に囲まれているみたいで。
凄く凄く純粋に楽しくて仕方がなかった。


不二君お勧めのアップルパイを食べながら、他愛のない話をする。
でもどこか不二君は気を使っているような気がする。
やっぱり誰も私の記憶なんてないんだろうな。
そして不二君は、氷帝のみんなのことを聞かない。
優しい人だ。
だから私が言わなければならないのかもしれない。
だけどそんなことすら不二君は分かっていたようで、私が何かを言おうとする前に彼から切り出した。
多分どうやって切り出していいのやらと、難しく考えていたからだと思う。
顔が百面相になっていたんじゃないかな。


「ねぇ、ちゃん。もし言うのが辛いなら言わなくてもいいんだよ」
きっと私のことを考えてだと思う。
言えばまた悲しくなるのを分かっていたからだと思う。
やっぱり優しい人だ。
「ううん。言わせて。…………氷帝のみんなは覚えてなかった」
一気に言うと、こぼれそうな涙を飲み込むように紅茶を飲み込む。
「そう。やっぱり青学もみんな覚えていなかった。氷帝のマネージャーって言うと違う名前が出てくるんだ」
その言葉にドクッと心臓がはねる。
まるで心臓を手で握られたような感じだ。
その違う名前を聞けない私は臆病者だろうか。
「何でそうなったのか聞いていい? それとも…………」
「ううん。聞いてくれるかな?」
不二君は信じられる人。
私にとって今は大事なこの世界の友人だ。
私が喋っている間は、不二君は何も言わずにただ黙って聞いてくれていた。




話終わった後、不二君の手が私の頭に伸びてきた。
ゆっくり撫でられて、微笑を浮かべられる。
「頑張ってたんだね。ちゃん」
優しい顔で、何度も私の頭を撫でてくる。
温かい温もりに私の目から涙がこぼれた。
ずっとずっと誰かに頼りたかった。
誰かに認めて欲しかった。
ここに存在しているってことを。

「有難う」
聞こえるか聞こえないかの小さな呟きに、不二君は頷く。
ただそれだけのことだったけど、やっぱりとても安心できた。
不二君は、この世界に来た時から私の大事な人となっていた。
恋とは違うけれど、それでも大事な人。





気持ちが落ち着いてくると、涙も引っ込んでしまった。
ハンカチで涙をふき取り、ゆっくり紅茶を飲んだ。
「今日は有難う。不二君」
ずっと傍に居てくれた不二君に感謝の言葉を述べる。
溜まってたものが流れ出し、少しは心に余裕ができた。
ずっと溜め込んでいたら、きっといつか爆発するだろうけど、それを不二君の言葉と存在が軽くしてくれる。



「あ〜〜〜〜!!!!」
突如、背後から大きな声が轟いた。
びっくりして振り返ると、見知った顔がこっちを見て、驚いたように指をさしていた。
「……英二」
グットタイミグなのか、バットタイミングなのか、英二君の登場。
その後ろにもリョーマ君や桃城君がいた。
「何々!? 今日の遊びのお誘いを断ったのって、デートだったの!俺そんなの聞いてないよ!
 不二いつの間に彼女ができたんだよ!!!」
どんどん近づいてくる英二君。
正直身構えてしまった。
だって私は知っているけど、彼らは私のことを覚えてないのだ。
氷帝でもその事実を突きつけられた時にかなり落ち込んだのに、またそんなことを繰り返すのだろうか。
「違うよ。英二、彼女は僕の大事な友達なんだよ。さんだよ」
苦笑まじりでそう不二君が答えると、英二君は屈託のない顔で右手を差し出してきた。
「はじめまして!俺、菊丸英二。英二君って呼んでくれても大丈夫!よろしくね。ちゃん!」


『はじめまして!氷帝のマネージャーさん。ちゃんて言うの? 俺、菊丸英二。英二って呼んでくれてOKだよ!!
 よろしくね。仲良くしてくれたら嬉しいな』



ああ、あの時と同じだ。
同じような笑顔だ。
屈託のない笑顔を私にまた向けてくれるの?
油断してたらまた自然とぽろっと涙が零れてしまった。
「え?ええ!!俺何かした?何か嫌なことした?」
慌てる英二君に首を左右に振って否定する。
「違うの。私…ここに引っ越してきてまだ日が浅いから、友達あまりいなかったの。
 …………だから友達になってくれる?」
「当たり前!えっと、こっちが越前リョーマで、こっちが桃城武だよ。よろしくね。ちゃん」
二人もなんだか最初の出会いと同じようで挨拶してくれる。
「よろしくね。英二君。リョーマ君。桃城君」
差し出して握られた手はとても温かかった。
懐かしくてまた泣いてしまうほど。
懐かしい温もりだった。




ちゃん。またメールでも電話でもしてね」
不二君は最後にそう言ってくれた。
それを聞いた英二君は慌てて、メールアドレスと電話番号を聞いてきた。
もちろん私の携帯には彼らのメルアドと番号は入っているけれど。
言えるわけはないので、教えてもらって登録するふりをした。
リョーマ君と桃城君とも交換をした。
彼らの消えた思い出に、再び自分が登場できた奇跡に感謝したかった。


今はそれで十分だよね。
思い出してほしいなんて贅沢なんだよね…………。

無意識に握り締めた指輪は、もう私のお守りになっていた。


『不安になったら遠慮せず俺を呼べ。いつでもお前の為に傍に行ってやる』


面と向かっていえない言葉を空気に交えて囁く。
「景吾、今でもあなたが好き…………なんだよ」

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☆コメント
不二君登場です。
やっと彼を出せました。
青学メンバーもちょっとだけ出せて良かった。
またしばらくでないかもしれませんが、彼は大事な人なので重要な場面に出るかも。
次は氷帝で…………誰と会わそうかなぁ。


2008.10.3