声を聞かせて
どうやってこの場所にきたのかは覚えていない。
ただ無我夢中であの場所を逃げ出した。
私の失った全てがあそこにあるから。
これ以上、あそこにいることはできなかった。
ミナミちゃんという人物は、消えた私?
いや、元々は彼女がいるポジションだった場所を私が奪っていたのかもしれない。
トリップしてきた私が横から入り込んで、彼女の存在を消してしまった。
そして私が帰ったから、やっと彼女が本来の場所を取り戻したのだとしたら?
私はむしろ邪魔者だ。
せっかく元の世界へと戻りつつあろうとする世界に、また黒いシミとして落ちてきた私。
その場合はどうしたらいい?
元の場所に戻った彼女。
そしているはずのない私。
現れた場合は?
分からない。
何もかもが分からない。
どうしていいのか、自分がどうするべきなのか。
でも一つだけはっきりしている。
私の存在はここでは無用であるということ。
だから今までいた記憶の全てが真っ白になっていたし。
存在としてあったとしても、ただそこにいるというだけのもの。
空気と同じような存在。
そこにいるのが当たり前だが、居ても居なくても気づかない。
それだけ。
ぽろぽろと瞳から流れ出したものを、止めることはできなかった。
ここには昨日のように不二君という温もりさえいない。
誰も私を知らない。
覚えていない。
大好きな仲間。
大好きな人。
その誰からも覚えられていないなんて。
「景吾…………」
しゃがみこんだ私は、胸元にある指輪を取り出して握り締める。
これだけが唯一私がここにみんなといたという証拠。
この小さなものだけが今の私の精神をなんとか穏やかにさせようとしている。
ねぇ、どうして指輪だけあるの?
これがなければ幻や夢だったのかもと、とうにあきらめられたかもしれないのに。
なまじこんなものがあるから、小さな希望にすがりつきたくなってくる。
ねぇ、教えて。
あなたは何故消えなかったの?
『。お前と俺達が出会ったのは、偶然じゃねぇよ。運命だ』
景吾の言葉が甦るたびに、胸が苦しくなる。
会いたいのに。
一番会えない人。
会うのが怖い。
しゃがみこんだ地面には、涙の粒が零れ落ちる。
からからに乾いた地面は、それをすぐに吸収してなかったものにしている。
私の存在もそんな粒の一粒なのかもしれない。
こんな風になかったようにして、吸収されていく。
私は何のためにここに戻ってきたのだろうか。
絶望するためだけじゃないはずなのに。
ぼんやり地面ばかり見ていたら、近づいてくる足音にも気づけなかった。
「おい」
びくっとして顔を上げたら、一番会いたくて、会いたくない人が立っていた。
頭が真っ白になって声が出ない。
「お前…………」
景吾の口が開いた。
私の存在を覚えているわけがない。
覚えているはずもない。
景吾はもう別の人のもなのだから。
私と笑いあっていた景吾はもう………いない。
「お前その持っているもの」
指輪に触れられそうになって、思わずのびてきた景吾の手を叩いた。
それだけはどうしてもなくせない。
奪わせなどさせない。
叩かれた景吾は、呆然としてこちらを見ていた。
同級生から、それも女から拒絶をされたことがほとんどない人だから純粋に驚いたのだろう。
見詰め合った瞬間、涙が再びぽろっと零れた。
大好きなのに。
本当に大好きなのに。
今は景吾から私への好きという気持ちが伝わらない。
そして私が景吾のことを好きだという気持ちも伝わらない。
本当に分からないの?
本当に、あの時のことがあの思い出が無になってしまったの?
「お前、どこのクラスのやつだ?」
訝しげに聞かれた景吾の声に、落胆した。
すでに覚悟はしていたはずなのに、こうやって何度も突き落とされる。
本当に好きな人からの言葉は尚更きつい。
『』
あの優しい声はもう聞けることがないのだろうか。
大好きな景吾の声は。
思い出して!
すがりたくなるような、激情を押さえ込んで私は景吾に背を向けた。
彼は私の愛した人だけど、今は辛い。
どんなに苦しくて、辛くても帰ることを望んだのは私だったのに。
今はそれを少し後悔していた。
忘れられるのがこんなに辛いのだと知らなかった。
あのまま会えないけれど、心の中では思いあっていると思っていたほうが幸せだったのかもしれない。
景吾の引き止める声がしたが、それを振り切って逃げた。
彼がなんのために私を呼んでいるのかが分からない。
だけどいいことではないのは明らかだ。
景吾と私の接点は今のところない。
『。お前なんで泣いてるんだ? 幽霊でも出たか? 俺様がいるんだから泣くんじゃねぇよ』
あの景吾の思いやりに満ちた声は、もう聞けることがないのかもしれない。
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☆コメント
遅くなってしまいすみません。
書いていくうちに、よしこう接点を結ぼうとアイデアがでたので、次回はすんなり書ける!
はず…………ですよ(汗)
ちょっとだけ先が見えてきたのでほっとしてます。
まぁ、先と言っても4話先ぐらいで最終話なんて見えてないですけどね。
そうそう。最後に跡部が幽霊でも〜って言っているところがあるんですけど。
昔合宿行った夜に主人公がベランダで泣いていたのを、跡部が見つけた場面なのでそういうふうに言ってます。
なんか読み返したらどうして幽霊なんだ?と思ったので補足まで。
私、よくちょこちょこ書き直しております(笑)
昔の回想の言葉は色を変えてみました。微妙に。
2008.8.24