声を聞かせて




指輪を探しに行く、数時間前に遡っての出来事。




!!」
耳に届いた声は、確かに私の名前だった。
久しぶりに聞いた声に、涙が出た。
ねぇ、景吾。
私を思い出してくれたの?
あなたの名前を呼んでもいいの?



まぶしい光に目を何度か瞬かせ、ゆっくりと開く。
一瞬どこにいるのかよく分からなかった。
寝ている場所もあいまいで、覗き込まれた人の顔も見知らぬ人だった。
「目が覚めたようね。気分はどうですか?」
笑顔で看護師さんが点滴らしきものを調べながら聞いてきた。
「えっと…………」
「覚えてないかしら? さんは救急車で運ばれてきたのよ。頭も強く打ってましたしね。
 一応検査入院になるから、明日もう一度検査してから退院となりますよ。気絶している間色々検査しましたけど、特に問題はなかったですよ。
 もしもの為ですので、今日はそのままここで入院してもらいます。点滴終わったら、枕元にあるコール押してくださいね」
一気に頭の中がクリアーになった。
勢いよく起き上がった私に看護師さんは驚いたように、私の体をベットに押さえつけた。
「あなたここに運ばれた時に倒れたのよ? 安静にしてないとダメですよ」
「ここに………」
「え?」
「ここに一緒に運ばれてきた人は?」
心臓の鼓動が高くなる。
景吾はどうなったの?
「跡部さん? 跡部さんならまだ意識戻ってないですよ。でも安心してくださいね。命に別状はないですし。
 しばらくすれば自然と目を覚ますでしょうって、担当医も言ってましたから」
看護師さんの言葉にほっとしつつも、胸の高鳴りは抑えられない。
今すぐ会いに行きたかった。
景吾の顔を見て、確認したい。
聞いてみたい。
思い出したのかを聞きたい。

会って、触れてみたい。


ひたすら我慢して点滴を終えた後、看護師の目を盗んで、景吾の病室へと足を運んだ。
静かな病室に恐る恐る足を踏み入れる。
真っ暗になった病室に、景吾がひとり静かに眠っていた。
近づく足音が妙に響く。
だけど心臓の音の方が私には大きく聞こえてる。


「景吾」
そっと呼んでみた。
本人に向かってちゃんと呼んでみたかった。
「景吾………ねぇ。思い出してくれたの?」
寝ている景吾に触れようと、そっと手を差し伸べると、突然その手を勢いよく掴まれた。
「!?」
「……………誰だ?」
冷たいアイスブルーな瞳に見つめられ、言葉が喉に張り付いたようにでない。
こんな景吾は見たことがある。
告白してきた女の子たちや。
テニスの試合相手。

「どこから入ってきた?」
掴まれた手首に力がぐっと入る。
答えはすでに出ていた。

景吾は私を思い出してなどいない。

やはり期待などしてはいけなかったのだ。
思い出したなどと思ってはいけなかった。
期待していた分、落胆は大きい。

好き。
大好き。


愛してる。


どれだけ目の前で叫ぼうと、彼には届かない。


こんなに思っていても、もう景吾の心は掴めない。

さようならだね。
本当に。


「お前?」
景吾の目が見開かれて、手首からの腕が解かれた。
頬に伝う熱いものが涙だと理解するまで時間がかかった。
震える唇に無理やり言葉をのせた。


「さようなら……………景吾。ありがとう」


さようなら。
大好きな人。
あなたと出会えたこと、忘れない。
でも、お別れだね。
あなたの幸せをただ願ってる。


「おい!!」

景吾が私を呼び止めた。

だけどその言葉も聞かないふりをして、前を向いたまま振り返ることはしなかった。
振り返ったら、きっと私は彼に泣きすがってしまう。
もう前だけしか見ることができない。
景吾の顔を一度でも見るわけにはいかなかった。

さようなら。

もう一度だけ呟いてみる。

私の恋が終わりを告げた。



『なぁ、。お前いい加減俺様のことを好きになれよ。一生大事にしてやるぜ』



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☆コメント
跡部は記憶が戻ってませんでした。
指輪はこの後すぐに主人公が気づきます。
これを先に書けばよかったのですが、岳人編を先に書いたので
大変あべこべになってます。
申し訳ない。

2009.12.20