声を聞かせて
重い瞼をこじ開けるのは、かなり努力が必要だった。
まだ寝ていたい気がする。
ずっと目を閉じていたかった。
そうしたら、きっと悲しいことも辛いことも忘れられるし、見なくてもすむし、辛いことも出会わないから。
だけどどんな苦しみが 待ち構えていようが、私にはどうしても会いたい人がいる。
ずっと眠りにつくわけにはいかない。
重い瞼をあけると、そこには心配そうな顔をしたきれいな顔をした人が私の顔を覗き込んでいた。
「…………不二君?」
思わぬ再会に驚きは隠せない。
「…………やっぱりちゃん。だよね?」
「え?」
探るように聞かれて、今度は戸惑う。
どこか困惑したような顔をして、幽霊に話しているようなそんな様子だ。
「どうしたの? 不二君?」
こうやって彼と話していると、この世界に戻れたという安心感と喜びが徐々に湧き上がる。
「君、今日までどうしてたの? いや、それよりもどうして公園で倒れてたの?」
知っている不二君は、いつも言葉を濁さなくて、自分の言いたいことをしっかりまとめて喋るような人で。
こんな風な不二君は始めてだ。
「公園?」
言われて初めて自分が置かれている状況に気がついた。
公園のベンチで寝かされている。
不二君が気づいてここに運んでくれた可能性大だ。
「よく分からない」
前にトリップした時は、見知らぬ場所だった。
そして今回は公園。
「ねぇ、君はいったい何者なんだい?」
恐る恐る聞く不二君に、我が耳を疑った。
「僕は君を覚えている。確かこの前会ったのは4ヶ月前だった。君は氷帝のみんなから大事にされてて。
いつも楽しそうにしてたね。だけど…………一ヶ月前君の姿は氷帝の中にはいなかった。
跡部に聞いたら、心底不思議そうな顔をしてなんてしらないって言ってたよ」
「……………………」
激しい耳鳴りがした。
衝撃で身体が震える。
嘘だ。
そう言いたいのに、口がからからになったように一言も発せない。
「不思議だったのは、僕以外誰も君の存在を覚えてなかった。英二なんてよく君に話しかけていたのに。
名前すら覚えてなかった。乾のデータにも君の名前なんてない。おかしいと思わないかい?
転校したのなら分かる。でも誰も君の存在なんて知らないんだ。僕だけが覚えているのに。
最初からいなかったような存在。ねぇ、君は一体誰なんだい?」
誰も私を知らない?
存在すらない?
嘘だ。嘘よね。
声の変わりに涙が零れ落ちる。
声なんてあげられなかった。
存在しない私が何を言えばいいのだろうか。
あの温もりは、あの優しい空気は、全部全部消え去った?
元から存在なんてしないものとして。
分かっている。
分かっていた。
元からこの世界にいるはずのない存在。
いてはいけない人。
あってはならなかったトリップ。
だから帰ると同時にすべてのことがなかったように白紙に、元に戻ったってことなのだろうか。
ただ一つ。
無関係である。
不二君だけの記憶を残して。
「ちゃん…………」
不二君はなんとも言えない顔をして私を見つめた。
今は彼の存在だけがこの世界に私を引き止めているのかもしれない。
声がでない。
搾り出そうとしたけど、意味のない声になり。
再び涙が毀れた。
景吾。
景吾。
たった一人のために戻ってきたのだけれど、彼に私の存在の『かけら』は残っているのだろうか?
『。この手を取りやがれ。後悔なんてさせねぇ。俺がお前を幸せにしてやる』
あの差し出された温もりはもう戻らないのだろうか。
空間の歪みはこれ以上おこしてはならないものだった?
だけどどうしても会いたかった。
話したかった。
温もりを感じたかった。
だって好きだから。
大好きな存在だから。
どんなに苦しくても、会いたかった。
抱きしめて、笑って景吾の傍に居たかった。
記憶なんて勝手に消えて欲しくなんてなかった。
これはなんの罰なのだろうか。
だとしたらあんまりだ。
望むことがない世界に飛び込ませ。
恋が芽生えた途端に元の世界に戻らされ。
戻ってきたら、ほかの人の記憶が全部なくなっている。
あの時育った友情も、愛情も、全部全部真っ白にさせられた。
誰が何のためにそんなことをしたのだろうか。
この世界にきた意味は?
この世界に戻ってきた意味は?
私の存在理由はどこにあるのだろうか。
景吾。
彼なら答えてくれるだろうか。
私の存在理由を。
漏れ出した嗚咽はどうやっても噛み殺せなかった。
望んでいた世界に戻ってきたのに、絶望の世界に落とされたようだ。
何も分からない。
望みがあるのかさえ分からない。
大好きな人は私を覚えているのだろうか。
戻ってきたことで、彼らは私を思い出してくれるだろうか。
「ちゃん」
不二君がそっと私を抱きしめた。
貸してくれた胸が温かくて、申し訳ないと思いながらも、更に泣いてしまった。
彼だけが私の存在を覚えてくれている。
知ってくれている。
そう思っただけで、少しは安心できた。
全部全部忘れられているなんて信じたくなかった。
だってこの世界に私は戻ってきたかったから。
あの温もりを感じたかったから。
景吾と会いたかったから。
景吾。
今すぐあなたに会って不安を払拭させてほしい。
抱きしめてほしい。
あなたに会いたい。
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☆コメント
滝と不二どちらにするかすごく悩んで、不二にしてみました。
滝だと学校生活にフォローができるかなぁと思ったのですが。
不二だと会えないから、更においしいかと(何が?)
外で不二に会うところを景吾に見せたいとかいう理由だけで。
不二に決定してみました。
そして重大なことに気がつく。
ここにきて。
あ…………不二って事は。
青学が関わってきちゃうよ!!!!
行き当たりばったりで書いてある小説は幅が広がる。
ということは身に染みて分かっておりますよ。
この1◎年間書いてきた小説人生で、イヤってほど。
キャリアが19年もありこんな小説ですが、まだまだお付き合いよろしくお願いします。
シリアス楽しいなぁ〜〜(苦笑)
2008.7.22