声を聞かせて
優しさが残酷だと言ったあの人は、もう何もなかったように次の日に普通に俺に話しかけてくれた。
でも、たった一言ごめんねとふとした時に言ったのは、やっぱりあの言葉に対してなのだろうか。
悲しそうな笑顔を見たくなくて、優しくしたのはいけなかったことなのだろうか。
寂しそうな表情をなんとかかえたくて、傍にいたのはいけなかったことだろうか。
俺には分からない。
ただ、あれからずっと傍に行くことをなるべく避け、黙って見つめていたら分かったことがある。
彼女は、跡部部長が好きだってこと。
見ないように、逃げるようにするのに、それでも彼女は跡部部長のことが好きなんだ。
たまにふとした時に、跡部部長を見る目がすごく切なくて、こっちの胸も苦しくなる。
跡部部長は自分では気づいていないのか、よく先輩を見る。
ミナミ先輩ではなく、先輩を。
そこに深い意味があるのか。
それともただの偶然なのか。
俺は答えを見つけられないでいる。
そして俺自身のことも分かったことがある。
多分。
これは恋だと…………思う。
同情から恋に変わっただけかもしれない。
それでも、この胸の痛みは本物だ。
彼女が笑えば幸せで。
彼女が悲しい顔をすると胸が痛い。
笑わせたいと思う。
優しくしたいと思う。
でも、その方法が俺には分からない。
優しくされるのは残酷だと言った先輩の言葉。
何か深い意味があったのだろうかと考えるが俺にはよく分からない。
彼女の苦しみも。
孤独も。
切なさも。
理解できなくて、ただ胸が痛い。
彼女のことを理解しているのは…………山吹高にいる千石さんだけなのだろうか。
よく迎えに来ては一緒に帰る間柄。
笑っている横顔も遠くから見た。
そして泣きそうな顔をしている先輩に、千石さんはそっと頭をなでていた。
自分がいることのできなかったポジションにいる千石さんが羨ましく、妬ましかった。
それに、千石さんの噂はよく聞いていたから心配でもあった。
女の人の間を次から次へと渡り歩いていく、節操がないやつだと。
それでも本当に嫌われることがないのは、彼の人徳であると。
何度も二人の姿を見送った。
そして跡部先輩も何度もそんな二人の姿を見て、無言で立ち去っていく姿も目撃した。
昼休みに何をするでもなく、ただ空き教室でテニスコートを眺めていた。
そこへ忍足先輩がやってきた。
ここはよくテニス部のメンバーが使ってた教室だからこういう時もあるだろう。
忍足先輩はすぐ俺の隣に並んで、テニスコートを見ながら言った。
「元気ないなぁ。鳳」
「忍足先輩…………」
普通通りにしていたつもりだったのだけど、それでも分かってしまう。
多分忍足先輩だからだろうか。
「そんな風に見えますか?」
「ああ、恋してる男って感じやな」
何でもないように忍足先輩はそう言って、笑う。
「切ない恋やなぁ。鳳。しかも鳳の恋する姫さんの心は別の人のものや」
「跡部先輩ですよね」
俺がさらっと答えたら、忍足先輩は少しだけ驚いた顔をした。
「そこで千石とでないあたり、重症な証拠や」
「それだけでそうなるなら、忍足先輩も先輩に好意を持っているってことですよ」
そう切り返すと、忍足先輩はまいったとばかりに額をかいた。
「でもなぁ、正直困ってるんや。あの子はいい子や。それはよく分かる。部活動だって一生懸命やしな。
助かっとる。でもそれでも困るんや。あの子の存在が」
「何故ですか?」
「鳳も分かってるやろ。跡部がさんを気にしとる。恋なんかに発展されたら困るんや。
ミナミちゃんはどうなるんや? それだけは阻止せなあかん」
「でも、人の心は他人が自由にできません。誰がどう言ったって、動くものは動きます。
俺達には止められませんよ」
言いながらも胸の痛みが酷くなった。
「それでもやっぱり納得なんかでけへん。あの時のミナミちゃんの姿を見たら尚更」
感情を爆発させるように、忍足先輩は壁を叩いた。
「忍足先輩も、苦しい恋をしてるんですね」
確信はなかった。
ただなんとなく漠然と思っていたことが今、形となった。
驚いたような顔をした忍足先輩は俺を見た後、かなわへんな。と寂しそうな笑みを浮かべた。
「俺はええんや。ただ…………好きな子が笑顔でいるだけでええんや」
「それって格好つけすぎじゃないんですか? 奪うのも愛でしょう?」
「奪ったて、幸せにはならへん。分かるやろ。鳳」
「…………そうですね」
それでも奪いたいと言ったら、忍足先輩は呆れた顔をするだろう。
だから黙っておいた。
好きです。
そう言えたら、きっと楽になるだろう。
だけど、多分先輩は困ったような顔をするだろう。
この恋が実ることはまずない。
彼女の恋と一緒のように。
この恋は行き場をなくして、いつか消えていくのだろう。
痛みと共に。
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☆コメント
物語は進んでませんが、書いたプロットをことごとく打ち砕いていく。
え?そういうこと?
何? そんなこと言う?
おかげさまで軌道修正しまくりになりそうです。
2009.3.31