声を聞かせて



「おい、千石。テメー何しにきたんだ? あぁ?」
山吹高の千石が、テニス部のフェンスによじ登ってますと苦情を受けたのは、さっきのことだ。
何のようであのバカがこっちに来たのだと、宍戸と一緒に言われた場所にきてみたのだが。
本当に千石がフェンスによじ登っていた。
そして俺を見ると、のんきな様子で片手をあげて笑っている。
「やっほー。跡部君。ひさしぶり〜〜」
「何が久しぶりだ。テメエも部活があるだろうが。何しに来たんだ?」
サボっているのは明白だが、何のようでここにきたのか皆目検討もつかない。
偵察なんてありえないだろうし、こいつが好き好んでここに来る理由すら見つからない。
「相変わらず怖いねぇ〜。跡部君」
「テメエみたいに、へらへら笑っている奴の気が知れねぇな」
誰にでも愛想のいい顔で、笑顔を振りまけるなんて死んでもできない芸当だ。
「跡部君の許可貰わないと、ここのマネージャーとデートできないと思ってさぁ」
「…………」
こいつはこんなやつだ。
こういう適当な理由で、フェンスに登るようなはた迷惑な奴だ。
「有坂か?」
「志保ちゃん? 違う。違う。もう一人いるでしょ」
ピクッと眉が上がる。
あれほどちょっかいを出すなと忠告したのに、ミナミをデートに誘おうとするとは、厚かましいと言うか。
バカと言うか。
「千石。ミナミは駄目だって何度も言ったよな? テメエの耳は飾りか? アーン?」
「…………」
千石は妙な顔をした。
「千石?」
胸がざわつきだす。

「ミナミちゃんって誰?」

心底不思議そうな顔をしてそう言った。
「ふざけてんのか? 千石」
それまで黙っていた宍戸が、口を出した。
「岸上ミナミは俺達のマネージャーだろ」
自家中毒でもおこしたように、胸がむかつきだした。
何だ?
この気持ち悪さは。

「最近入ってきた人?」
千石の悪ふざけはまだ終わらないらしい。
「よくお前が喋ってきただろ! 岸上にちょろちょろ纏わりついては、喋り倒してただろ。何度お前を追い払っても!」
宍戸が怒りの口調で千石を睨みつける。
「それ…………本気?」
まるで信じていないような口調で、千石は尋ねるように俺に向けて言った。
「ほかに誰がいるってんだ?」
マネージャーは二人だ。
今も昔も変わってない。
ミナミと有坂だ。

ちゃんは?」

千石の口から思わぬ名前が出てきた。
俺も宍戸も思わず絶句した。
俺らが知っているという名の持ち主は今のところ一人しかいない。
しかし何故それを千石が知っているのだ。
それもマネージャーだと言っている?
「お前いい加減ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ」
宍戸が我慢ならないように怒鳴る。
「ふざける?」
千石の口調も変わる。
まじめな顔になる。
それが宍戸にも分かったようで、ひるんだような顔をした。
「跡部君の恋人は今は誰?」
「今も昔もミナミだけだ。それ以外は誰もいない」
そう、誰とも付き合ってなんかいない。
俺はミナミだけだ。
「…………」
千石がなんとも言えない顔をして俺を見る。
何だ?
何が言いたい?

ちゃんは?」

千石がもう一度その名前を出す。
「だから!そいつが何だって言うんだよ!」
宍戸が俺に代わって千石に叫ぶ。
「…………俺の勘違いかもしれない」
「千石?」
「跡部君と何も関係ないちゃんをデートに誘っても問題ないわけだ」
千石の言葉がどうも引っかかる。
裏を返せば俺とそいつが関係あるってことか?
「千石。テメェ何を知ってる?」
「知ってるわけじゃないよ。見てたから」
「見てただと?」
千石の言葉は要領を得ない。
「ごめんね。跡部君。練習の邪魔したみたいで。俺行くから」
「おい、千石!」
理解できない話を聞かされ、勝手に完結したかのように去っていく千石を引き止めたが。
千石は振り返ることはしなかった。

どういうことだ?
千石と
千石はと顔見知りのようだし。
そして俺と関係があるように喋っていた。
を知ったのは最近だ。
なのに何故だ?

「千石の奴何をしにきたんだ? チッ、なんかすっきりしねぇぜ」
宍戸が不快な顔をして地面を蹴る。
「ふざけただけだろ。気にするな」
宍戸を練習に戻らせた。



 『ミナミちゃんって誰?』
まるで会った事のない口調で千石は言った。
冗談を言っているような口調ではなかった。
何だ?
この胸のしこりのようなものは。
何かを忘れているのだろうか。
いや、そんなものはない。
千石の悪ふざけだろう。
いつもの。


ちゃんは?』


俺は千石の言葉を頭から追い出した。

戻る 次へ

☆コメント
千石大活躍(?)
ノリで出したんです。記憶を持っているチームには入れてませんでしたよ。
しかし勝手に大活躍してくれました。
よく千石が大事な場面で突っ込んでいる夢小説さんを見ましたが。
千石の偉大さに、自分でもびっくりしてます。
みなさんが千石を使った理由がよく分かります!
書いてて驚きの連続でしたよ。千石(笑)